漆黒の王女〈前編〉
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エルさんも私達の所へ駆け寄ってきた。
「エルさんごめんなさい、あんな低空飛行をしてしまって…絵、大丈夫でしたか?」
サザンが慌てて頭を下げるのを見て、エルさんは目を丸くした。そしてあっははと笑って、
「うん、平気だよ。もうほとんど完成したんだ。顔を上げて。
ねえ、さっきも君が飛んでる所をスケッチさせて貰ってたんだけど…もう一度、よく見ながら描きたいんだ。
また、飛んでくれるかい?」
とサザンの顔を覗き込みながら聞いた。
エルさんがあまりにも優しい顔で言うから、サザンもびっくりしたんだろう、
「…いいですけど」
頬を少し赤く染めてそう言った。
「サザン、サザンがあんなに上手になってたなんて、あんなに長く飛べるなんて、すごくびっくりした。
発射も自分ひとりで出来るんでしょう? 私も見てみたい」
私の言葉を聞いても照れくさそうに「いいけど」と繰り返すサザン、「着地はまだ全然上手くないんだけどね」と付け加えた。腕や膝の擦り傷がそれを物語っていた。
でも、サザンは本当に上手にグライダーを風に乗せるようになっていた。
おじさまが作ってくれた発射台は、大きなゴムバンドを最大限に後方に引いてポールに引っ掛け、サザンが足でそれを蹴り倒すことによってゴムの反動でグライダーを上空へ飛ばすという物だった。
私達の前でその動作を披露する。
「わあっ!」
グライダーはあっという間に空へ吸い込まれた。
悠々と黒い翼を広げて飛ぶ…
「美しいなぁ…」
エルさんがそうつぶやいて鉛筆の線を走らせるのを聞きながら、私は無意識にグライダーを追って走りだした。
美しい。
私もそう思えた。あんなに主張する黒を恐れていたのに。
飛びながら、サザンが手を振った。
危ない、と思いながらも私も手を振った。
息が切れて走るのをやめてしまっても、グライダーはまだ高さを保って飛び続けた。
向こうへ飛んで行くのを清々しい気持ちで眺めていると、エルさんとアルテがやってきて、
「見て、どう?」
エルさんがこの短時間でスケッチしたグライダーとサザンの絵を見せてくれた。
サザンが発射台に乗り込む所。
グライダーが発射台のゴムを引いている所。
飛び立つ瞬間。
木の高さを越えて飛ぶ所。
グライダーの後ろ姿、それを追いかける私の背中。
飛んで行くのを見上げる私…
一枚一枚を順番にパラパラと捲ると、絵が動いて見えた!
すごい! とアルテと二人で感嘆の声を上げて、エルさんを振り返ると、エルさんは、さっきサザンに向けていたあの優しい顔を、もう一度した。
また…刺激を受けた気がした。
…