空の兄弟〈後編〉
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悟、何も返さない。
「ふ、ははは」
鷹、気味悪いくらいの空笑いを放つ。
「俺はなあ、そうだ、岡田と叔母ちゃんを見てからだ。
岡田も、叔母ちゃんも、どうしてあんなに悲しそうに俺を見詰めてくるんだろう。
お国の為に戦いにいく俺を、他の皆と同じように勇気づけてくれりゃいいのに。
俺が死ぬから?
昨年の夏の、リアカーの親父みたいに撃ち殺されるかもしれないから?
彼女たちは、俺が死ぬと決めつけている。
そんなのは構うもんか、だって、戦い抜いて玉砕するなら本望だもの。
兵隊に行く男たちはなんて格好いいんだろ。戦死は皆からいっぱい褒めてもらえる。
よくやった、ヨクヤッタ…
そう、俺の大好きな海と空、そこで俺の命が終わるんだ。
なのに、なあ、空悟。
岡田と叔母ちゃんを見てから、俺、何か変なんだよ、
こう、胸の辺りを、片手で鷲掴みにしたくなる位の、変な気持ち…
死んだらどうしよう?
死んだらどうしよう?
もう、ずっと、そんな事ばっかり…
俺は死にたくない! 死にたくない!」
鷹、始めこそ抑揚のない口調で喋っていたが、次第に苦しいものを吐き出す如く言葉を捲し立てた。
全力で走った後みたいに、気管からヒュウヒュウと音が鳴る。
「こんな話、お前なんかにしたって、分かるはずもないか…」
少し落ち着くまで待ってから、鷹はそう言った。
でも、ほんとうはいつまで経ってもこの高ぶりは消えやしない。
とても寒い高ぶり、汗が冷えた様な高ぶり。
鷹の頭の中で、もう一人の自分、いや、鷹の妄想の中での皆が一斉に叫び続ける。
弱虫! 弱虫! 弱虫!
「せやったら」
ずうっと黙っていた悟が、鷹の方へ身体を向けて、言った。
「せやったら、
帰って来たらええやないか…」
…