空の兄弟〈後編〉

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「俺は、弱虫になんか、なりたくないんだ」

 俯きながらだが迷いなく答えた鷹の言葉は、この時代ならではの恐ろしい価値観から生まれた意地みたいなものだった。

 風結子もまた、何を言っても鷹には届かないのだ、そう鷹に対してけりをつけると、

「馬鹿ねえ、馬鹿みたい」

 弱々しく呟いて、濡れた頬を掴まれていない側のセーラー服の袖で拭い始めた。

 その姿を見て鷹は、自分の中で抑えのきかない何かが込み上げたのを感じた。

 考えるより先に、掴んだままだった腕を引く。

 そんなに強い力でもなかったが、風結子の前面は簡単に鷹の正面を向いた。

「───」

 風結子の思考が止まり、震えが際立つ。

 鷹が風結子の肩と頭を包み込んで、一度短く息を吐いてから、風結子を自分の胸に押しつけたのだ。

 何故こんな事をするのだろう、誰かに見られたら非常識扱いされてしまうのに。

 だが風結子は、彼は自分を好きで抱きしめているのじゃないのだと瞬時に思った。

 風結子の肩をとんとんと叩き出したからだ。泣く自分を宥めようとして、ただそれだけなのだと。

 どうしようもない思いに駆られ、この日一番の震えを出した風結子には、

「あんたのこと、嫌いじゃない」

 という鷹の決死の告白は全く届かなかった。

「私はあなたなんか、大嫌い」

 驚くほど間を与えず、容赦のない応えを突き返した風結子は、だるそうに鷹の胸を押し出すと、そのままの勢いでゆっくり歩き出した。

 風結子が家へ帰っていく。

 鷹は、風結子を振り返らず、自分も家へ向かった。

 ゆっくり、ゆっくりと、ふたりは別々の方向へ歩いてゆく。

 ふたりは、もう二度と会う事はなかった。





 近くの木陰で気配を消し身を潜めていた悟以外は、この出来事を誰も知らない。





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