空の兄弟〈前編〉

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「伯母さん」

「なんだい?」

 夕げの席で、悟と幸代が会話を始めた。

「女ってやっぱし、髪はみつあみにしたほうが、ええのんかなあ」

 いつだったかみたいに、鷹はまた口の中の食い物を吹き出した。

 そして、いつだったかと違って、咳がなかなか止まらなかった。

「なぁ、たぁ。風結子ねえちゃん、お前の好きなみつあみ、やってくれるんかなぁ。なぁ?」

 からかいの笑みを浮かべる悟。

 悟は、鷹と風結子のやりとりを、うまく隠れながらずっと見ていた。

「ごちそうさま、もう寝る!」

「はっ、またかい」

 いつだったかみたいに、鷹は顔を真っ赤にさせ、不貞腐れて、部屋に戻った。

「伯母さん。伯母さんはすごいなあ。
 だってそうやろ、実の子供でない俺とたに優しくしてくれはるんやもん」

 その後、悟がそう呟くと、

「私は寂しいのさ。
 夫は戦死し、子供を残すことができなかった。
 私はあんたたちが大好きだよ。それだけなのさ」

 後片付けをしながら幸代は言った。





 布団を敷いた後、鷹は麦藁を編み始めた。

 鷹は、自分のと風結子のを交互に編み、二つが同時に出来上がるようにしたかった。

 私のは後回しにして、なんて言葉は馬の耳に念仏。

 鷹は、麦藁帽子を被ったみつあみの少女の顔を、早く歓びで満たしたかった。





 ところで悟は、風結子が鷹の為に髪をみつあみに結うであろうことを知っていた。

 鷹があの場から走り去った後、悟は風結子の十歩ほど後ろにいたが、夕闇の中で彼女が片方をおさげにする仕草を、この目で見たからである。










空の兄弟〈後編〉に続く






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