空の兄弟〈前編〉
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「今度は、楽しい話をしようね」
風結子は両目を閉じて言った。
「な、どうして。俺に気を遣っているのか」
「違うわ」
風結子は髪を掻き上げ、鷹を見た。
そして、頬を赤らめて、笑んでこう言った。
「私も、青山くんと話してみたいって、学校の時から思っていたから」
風結子のその言葉は、鼓動を速くさせ、頭をがんがんと打ちつけた。
今まで感じた事のない震えが、鷹を襲う。
「青山くん?」
無意識に鷹は風結子の先を行ってしまっている事に、風結子に呼び掛けられてやっと気付いたが、また風結子の側に行くなんて事は出来なかった。
「岡田ぁ」
鷹は離れた所で振り返り、無愛想に、少し大げさに言った。
「なぁに?」
風結子も、鷹に調子を合わせて応える。
セミはもう鳴いていなかった。遠くでカラスが鳴いているのがかすかに聞こえるのみ。
「髪」
だから、鷹の言葉はとても響いた。あんまり響くから、恥ずかしいのがさらに増した。
鷹は再び帽子のつばを鼻の頭まで下げて、
「結んだ方が、みつあみなんか、いいんじゃないのか!」
と言い切った途端、風結子に別れの挨拶もせず、一目散に家へ走っていった。
顔の熱が身体の熱より高いのはもうわかっているから、すぐこの場から去りたかった。
風結子の表情を確かめる暇も余裕もなかった。
おねえちゃん慰めてやれ、悟からの使命を全うできたかどうかなんて分からないけれど、自分の中に一種の満足感があるのは、確かなようだ。
家路の途中で、鷹はうおーっと一度だけ叫んだ。
…