空の兄弟〈前編〉
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やっぱり都合の悪い話だった。
鷹は頬を赤く染め、ふいと横を向いた。
「ほんとうなの?」
「だったらどうだっていうんだ」
愛想のない声で、鷹は風結子に言った。
「他にもあるって事でしょう? よかったら、聞かせて」
自分の気持ちについて尋問されるかと思いきや、風結子が違う方へ話題を持っていってくれて、鷹は肩透かしもしたが安堵の方がずっと大きかった。
それでも、彼女の顔を真っ直ぐには見れず、帽子のつばの奥の奥まで目を隠して、鷹はまた愛想のない声で、でもはっきりと言った。
「俺は、海軍兵になりたいんだ」
風結子の顔が曇った。帽子のつばを下げている鷹には見えない。
「お国の為に戦うんだ。俺の大好きな海で、敵と相討ちになったって、俺は絶対に後悔なんてしない。
…岡田?」
隣の気配が無い事に気付いた鷹。
体を起こして辺りを見回すと、丘の頂上へ風結子が走っていくのが見えた。
黄昏の中で寂しそうに立つ木の幹に片手をつき、風結子はぜえぜえと肩で息をした。
「岡田!」
鷹が追いついた。
「人を殺すことが国の為? 人を殺すことがそんなに大義な事?」
風結子は静かに言ったが、その言葉は鷹の耳に響いた。
「何を言っているんだ」
「相手も人間よ。家族もいる。友達もいるでしょう。
──兵隊を夢見るってことは、人殺しを夢見ているのと同じでしょう」
…