空の兄弟〈前編〉
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風結子がなんであんなことを言ったのか、悟にはわからなかった。
でも、悟は風結子に悲しい顔をさせたくなかった。気を紛らわせてやりたかった。
「ふふ、そうなんだ」
無邪気な少女のように、風結子は笑った。
「じゃあ、弟の鷹くんに伝えて、楽しみに待ってるって」
風結子はかばんを肩に掛けた。
「私、これから学校に行くわ。
学校ってね、いつも戦争のことばかり話題になるの。
それに皆楽しそうに話すんだもの、嫌になっちゃう。
でも、家にいるより、一人で外にいるよりずっといいのよ。
もうすぐ夏休み…私はちょっと嫌かな。
あの家を出る必要が無くなっちゃうから。
戦争が終われば、こんな心配せずに済むのに」
悟は、風結子が戦争を嫌悪する理由がどこにあるか、なんとなく汲み取った。
風結子が今お世話になっている家で、何かあるのだろう。
でも、悟は問い詰めなかった。
脚が乾いたのを確かめ、下駄を履いた。
「おねえちゃん、俺もな、戦争が早く終わればいい思うねん。
そうすればな俺、あいつの面倒見んで済むもんな!」
小さな手を高く掲げて、二、三度大きく振って、悟は家へ走っていった。
風結子は悟を見届けると、脚の乾きを確認してからもんぺの裾を下ろし、草履を履いた。
それからかばんを掛け直して、髪を掻き上げ、学校へ向かった。
…