空の兄弟〈前編〉
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「そうや思うた。
まだお昼になってへんのに、そこにかばんあるんやもん。
あれ学校のかばんやろ?」
白い肩提げかばんにちらと目をやって、悟は言った。
「空ちゃん、私、戦争なんて大嫌いよ」
取り留めのない風結子の話の展開のさせ方はもう慣れたけれど、この言葉にはちょっとびっくりした。
「ええと、その…」
すぐ返すことが出来なかった。
悟の反応に風結子はくすくす笑った。
それから、風結子は悟を抱き上げた。これにもちょっと驚いた。
悟の濡れた両脚から下の小川へ、雫がぽたぽたと落ちる。
「どないしたん、おねえちゃん」
悟は片手を風結子の片頬に当てた。ふっくらしていて、触れ心地がよかった。
「戦争なんか、早く終わってしまえばいいのよ」
風結子は目上の悟を眺めて言った。
「皆の気が狂わない内に、ね」
そう言ってから、悟をかばんと下駄の置いてある所へ運んでいき、下ろした。
「なあ、おねえちゃん、麦藁帽子、欲しいならた
「ほんとう?」
「あいつ、おねえちゃんと話すのが夢のひとつらしいから、兄ちゃんの俺がきっかけを作ってやらんとな。
あ、言うとくけどな、俺とあいつ空の兄弟やってん。
あいつ全然兄ちゃんらしくできへんから、俺が兄ちゃんやってんねん。
あの家で俺らが世話になっとる限りな」
…