空の兄弟〈前編〉
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「そう? くうご、女の子からの呼び捨ては嫌でしょう。
くうごくん、ちょっと私には言いにくいな。
くうごちゃん、確実に怒るでしょう。
残るはくうちゃん。とても言い易いし、可愛い名前だと私は思うな」
女の子はニコニコしながらそう言うけれど、悟はやっぱりそのあだ名が気に染まらず、伯母の幸代のように悟で通そうかと思った。
しかしそうすると、女の前だと簡単に決意を崩す、情けない男になってしまう。
「ねえ、私は彼を知っているけれど、多分彼は私を知らないわ。
私の名前、きっと知らないよ。
だからきっと私たち、知り合いじゃないと思うんだけど」
悟のさっきの質問に、女の子は今頃答えた。
「ふうん、おねえちゃんの名前は」
悟は訊いた。
「
横浜の生まれだけど、1年前からここに住んでいるわ」
風結子と名乗るこの女の子は、絹製の白い肩提げかばんを掛け直しながらそう言った。
「俺は木谷空悟。ほんまは悟言うねんけど、色々あってそんな名前やねん。空悟の字はな、空を悟るやねん。
おねえちゃんが言い易い言うんなら、くうちゃんでええわ。
ほなな、また会えるとええな、風結子ねえちゃん」
洪助たちとの約束をはたと思い出し、急いて言葉を並べたてた悟は颯爽とこの場を去った。
風結子は悟の小さな後ろ姿を見送り、大きく手を振った。
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