空の兄弟〈前編〉
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ところが、
「おわ!」
という悟の下品な叫びとともにズームアウトが解除された。
悟が誰かとぶつかったらしい。悟の向こうに誰かいるのが見える。
鷹はゆったりとした足取りで悟の方へ走っていった。
悟が頭にバケツを被っていた。前が見えなくてうーうー唸っていた。
「はは、ざまみろ」
悟の失態に笑みを浮かべたが、
「ごめんねえ、大丈夫?」
という声に鷹の顔がこわばった。
柔らかく落ち着いた女の声、この声を鷹はずいぶん前にも聞いた事がある。
「くそったれ、ばちがあたったんやろか…」
悟がそう言わない内に、バケツは悟の頭から外された。
悟の目の前で、セーラー服ともんぺを着た、肩につく寸前の長さの髪の女の子が、膝をついて鷹のバケツを持っていた。
「立てる? 坊や」
女の子は手を差しのべ、悟が自分の手に小さな手を乗せたのを確認すると、悟と一緒に立ち上がった。
「おおきにな、おねえちゃん」
「見かけない子だね。どこから来たの」
悟は女の子の問いに即答しようとしたが、視界に走ってくる鷹が入ってきたので、思わず女の子の脚の陰に隠れてから、言った。
「大阪から来てんねんけどな、今あいつん家で世話になっとるねん」
…