空の兄弟〈前編〉

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 どうやら無愛想な鷹にも、恋心を抱いているらしい相手がいることに悟が気付いたのは、7月に入り、梅雨明けとなったある夏の日だった。

 悟は恋という言葉も意味も知らないけれど、自分の父と母が好き合い、自分という子供が存在するということは何故か知っていた。

 だから、誰かが誰それを好きという話を聞けば、そいつらは結婚して幸せに暮らして息子か娘をつくるのだと、悟はそんな風に解釈していたようである。



 7月のある日、その日はとても空が高く、ひどく暑かった。

 叔母の幸代に氷をもらってきておくれと頼まれ、鷹は小川の向こうまでしぶしぶ行くことになった。

 夏になると、週にいっぺんこの村に氷がやってくる。たいていの村人はその氷にアリの如く群がるのだ。

「行ってきます」

 昼ごはんをいただいた後、バケツを手にさげて鷹は家を出た。

 小川にさしかかり、板の橋を渡り終えると、背後に気配を感じた。

 悟だった。

「お前はついてこなくていいんだぞ。邪魔になるだけだ」

 鷹は言ったが、悟はじっとバケツを見つめ、にたっと笑ったと思ったら、

「これ借りるぞ、た!」

 バケツをひったくって一目散に駆け出した。

「あっ!」

 子供にあっさり取られたことに妙に恥ずかしさを感じて、鷹は悟を追いかけようとしたが、こんなときに強い風が吹き、鷹の学生帽を容赦なく飛ばした。

 帽子を拾い上げた時には、もう悟は米粒ほどの大きさで、遠くを走っていた。





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