空の兄弟〈前編〉
39/91ページ
私がおそるおそる近づいたから、鷹坊は私に気付いて顔を上げた。母親達も私を見た。皆私を見たのさ。
(水戸部さん、あんたの甥っ子はどうかしているよ。
この子らに訊いてみたらどうだ、何度も叩かれたって言うんだよ。
それも思いっきりだ。ごらん、この子らの痛々しい頬を)
母親たちの内の一人、確か土田さんだった、そう言うと、
(向こうのもんは皆こんな乱暴者け? まったぐ、嫌んなるねえ!)
続けてそう言ったのは浜口さんだ、東北訛りだからよく覚えている。
(じゃあどうして、鷹坊も怪我をしているの、血が出ているじゃないか)
私はそう訊いた。
そしたら、鳥井さんがこう言ったのさ。
(それは私たちからの罰だよ。
だって許せないじゃない、大事な息子がこんな、意味もなく殴られるなんて!)
私は背筋が凍る思いだった。意味もなく、だって?
(ねえ鷹、正直にお言い。
一体何があったの。
何かあったから、こんな事をしたんだろう、ねえ)
私はあの子の両肩に自分の両手を置いて、下から覗き込むようにして訊いた。
鷹坊は私と目を合わそうともせず、口をへの字にきつく結んでいた。
(まあ、それじゃ何、この子らが悪いとでも?
そんなことあるわけない、何もしていないってこの子らは言っているのよ。
こんな、気持ちに斑のある子だとは思わなかったわ、小さい子相手に何て非常識な!)
鷹坊の殺気を感じたよ、この時。
両脇を固めていた男達を振り払い、私の事も横へ退けて、鷹坊はさんざん罵った母親達に向かってこう怒鳴り散らしたのさ。
(子が子なら親も親だ!
わかってないのはどっちだ? あんたたちだろう!
俺は悪いことしたなんて思ってないし、実際やってもいないからな!)
そして、鷹の怒号に驚く野次馬達を掻き分けて、脇目も振らずその場から走り去ったのさ。
…