空の兄弟〈前編〉
33/91ページ
悟が疎開してきてから二週間が過ぎようとしていた。
鷹は悟を空悟と呼ぶことに大分慣れたようだが、時折、幸代の「悟くん」につられて悟と呼んでしまう。
その度に悟の怒りを鎮めようと必死になるのである。
ある日の晩、鷹が風呂からあがって部屋へ戻ると、悟はすでに敷かれた布団の上に寝そべって、遠くに伸ばした手の中の一枚の紙キレを眺めていた。
周りに幾つかの切り傷がある写真だった。
「誰のだ、それ」
後ろから呼びかけられて、悟は思わず身体を震わせた。
「見て分からんか、俺のに決まっとるやろ」
「誰が写ってるんだって訊いてるんだ」
「俺かて写っとるねん。家族の写真や」
じろりと睨んで言うから、その古びた写真を背に隠すだろうと思っていると、意外なことに悟はそれを鷹に差し出した。
余念なく写真を見るが、悟らしい人物はどこにも見あたらない。
「お前なんか写ってないじゃないか」
「これやねん」
鷹が苛ついて言うと、悟は写真の中の一人を静かに指差してやった。
坊主頭が何人かいる中で、とりわけ小さい坊主頭の男の子だった。
「うそだあ」
写真の中の悟は鷹より短い坊主頭、塩ゴマ頭と言ってしまったほうが適当だった。
今の黒々と豊かな髪をした悟からでは、とても想像できない姿だった。
風呂あがりで髪から滴る水など気にかけず、鷹はただそれを凝視する。
他に写っているものなんか、目が霞んで見えやしなかった。
…