空の兄弟〈前編〉
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悟の姿は畑にはなかった。
鷹は360度ぐるりと身体を旋回させながら、
「悟ー、さー、とー、るー…」
と呼び掛ける。
本気で探し出そうとは思ってないのに、何故か声だけは張りのあるものになってしまう。端から見れば本当に弟を心配する兄の様。
ふと、畑から少し離れた、草がぼうぼうと生い茂っている空き地に目が行った。
すると、草ががさがさと動いて、土まみれの悟が出てきた。
「悟、悟て言うな言うてるやろ」
小さく舌打ちをしてから悟はぶっきらぼうに言った。
「なんでだよ。叔母ちゃんはよくて、なんで俺にはそう呼ばせないんだ」
「お前は俺のこと呼び捨てにするからや」
「ふうん? じゃあ俺も悟くんって呼ぼうかな」
「やめれ。吐き気がするわい」
「どうすりゃいいんだ」
「だからお前は、おとなしく俺のこと空悟って言やええねん。
そないにこの名前が気に食わないんか。いい名前や言うたんはどこのどいつや、あぁ?」
長い対話でついに悟がきれた。
そんな悟を見て、鷹は少し不機嫌になって、後頭部を指先で掻いてからこう言った。
「お前は悟っていう名前が大嫌いなのか」
「……」
…