空の兄弟〈前編〉
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「あの子がどうしてここに来たかわかるかい?
あの子にはもう肉親がいないからさ。
父親は海の彼方へ徴兵され、母親は小さい頃から病弱で、自分の死期を予感してあの子を私に託した。
あの子がここへ向かう途中で、母親は病院で息を引き取り、父親も名誉の死を遂げたそうだよ…
二人とも空を眺めるのが好きだったのさ。
それから…悟くんにはみっつ違いの妹がいてね。
栄養失調で、言葉を知らない内に死んでしまったんだ。
名前は
では、悟は空を好きだった両親と妹の名に懸けて、三人分の命を背負う気であの名前を付けたんだと…幸代はそう言いたいのだろうか。
幸代が話す悟の過去は、なんだか遠い昔の憐れな物語の様に聞こえる。
「ふん、子供がそんな大人みたいな考え方…」
「どうしたの、急に黙り込んでさ」
「なんでもない」
たった5歳の悟。14歳の鷹でさえ悟の言葉に気圧されることがあるから、幸代の推測を認めざるをえない。
だから鷹は言葉を尻すぼみにさせたのだ。
「おや、藁束なんかどうするの」
鷹は再び下駄を履いて小屋へ、運び入れた藁束から両手に掴めるだけ藁を掴むと、
「陽が暮れる前には戻る」
畑の方へ向かい出した。
「ちょっと、悟くんを忘れるんじゃないよ」
幸代は勝手口の内からそう叫んだが、鷹は肩越しに一瞬こちらを見ただけで何も言わなかった。
…