〈改稿版〉traverse
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「うんー? 楽しかったよー。
レフトスタンドだったから、街のチームの応援出来なかったんだけどね、相手チームの応援もすっごい盛り上がったんだよ。
樹深くんがいい声してるからね、応援団の人にすごい誉められてたよ」
「ふぅん」
「お弁当もね、球場で買ってスタンドで食べたんだぁ。元ちゃん、シューマイ弁当って食べたことある? 私は初めてだったんだけど、美味しかったぁ。
樹深くんはむかーし食べたんだって。っていうか、スタジアムも、むかーし家族で来たことあったんだって」
「ふぅん」
「帰り、商店街の入口まで樹深くんに送って貰ったんだけど、途中で大雨になっちゃってね。
突然だよ!? 私も樹深くんもびしょ濡れになっちゃってさぁ…コンビニで傘とタオル買って…買ってもらっちゃって…
商店街でバイバイする時に返したかったんだけど、いいからって…樹深くん、風邪ひかないといいんだけど」
「……」
「元ちゃん? もう着替えたから、こっち向いていいよ」
「うん? あぁ。
だは、ブッカブカだな(笑)」
元ちゃんは、振り向くと同時にぶはっと吹きだした。
「もー、しょうがないじゃん。ごめんね、借りてくね。洗濯して返すから」
脱いだ自分のシャツとバスタオルを、元ちゃんにもらった袋に詰め込みながら言った。
「そうか? じゃーそうしてくれ。家まで送るぞ?」
「えっ、いいよ、ひとりで帰れるよ。元ちゃん、お店空けたらダメだよ…」
「いや…今ちょうど客来てないし…オヤジもいるし…
………
………」
「? 元ちゃん?」
元ちゃんが、片手を口に当てながら腕を組んで、黙り込んでしまった。
私を…じっと見てる。
「ナニ? どうしちゃったの?」
元ちゃんに近づく。
「…俺のいない所で、そんな楽しそうにすんなよ…」
「うん?」
元ちゃんの言葉が聞き取れなかった。
元ちゃんが私の背中を引き寄せて、またくるっと壁の方へ向く。私を壁に寄りかからせるように。
元ちゃんがまた何か言った。
今度は聞き取れた。
「オマエ…ほんと…濡れ過ぎだから」
「えっ」
元ちゃんの言葉と、見えてるから、の樹深くんの言葉が、私の頭の中で重なる。
…