雑踏の中のふたり

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 高志と千晴は、重なった毛布の中で、抱き合ったままピクリともしなかった。

 遠くで、駅員だろうか、コツ、コツ、と靴の響く音が聞こえた。

「…ちはる…? …ダイジョーブ…?」

 靴音はふたりの前を通る事なく、そのまま聞こえなくなった。

 それでも、全然動かなかったので、高志はちょっと心配になって声を掛けた。

「…んっ…ヘーキ…ちょっと…ドキドキが…おさまらなくって…えへへ…」

 呼吸はゆっくりだけど、普段よりはぁはぁと大きい息だった。

 高志は千晴の背中を優しくさすって、またギュッと腕に閉じ込めた。

 呼吸が落ち着いて、千晴は高志にふふっと微笑んだ。

 高志はもう、千晴にどこにも行ってほしくなかった。

「…なぁ…ずっと、そばにいて…くれるか…?
 …俺…腰がだめになった時…もうこのまま死んでいくのかな…って思ってた…
 …ずっと座ったまま…野垂れ死ぬんだなって…

 …でも…千晴が来て…
 …なんか俺…大丈夫になってきて…

 …そばに…いて…?

 …年明けの時、一緒に蕎麦、食べような…
 …もう少し、稼いだら…一緒にここ、出ような…

 …あーっ…ちはる…となら…どうにでも…なれるなぁ…

 …ちはる…? …なんで、泣いてる…?」

 高志の目をじっと見つめて、千晴は涙を流していた。

「…ううん…うれしくて…
 …アリ…ガト…」

「…う…ん…」

 なんとなく睡魔が襲って、高志と千晴はまどろみながら唇を重ねて、そのまま眠りに落ちた。



 高志が千晴を抱いたのは



 これっきりだった





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