悠の詩〈第3章〉
43/66
「へっなんで」
「何かあった? って、聞いていいのかなこれ」
人当たりのいい由野がそこまで言ってしまう事に、俺と樹深は心底驚いた。そんなイメージ無いもん、由野は。
俺達の反応に戸惑う事なく、由野は続けた。
「うん… ごめんね、ちょっと吐き出させてね。
後藤くんもしかしたら誤解してるかもなんだけど、元々私達仲良しってわけではなくて… 小学校の時同級生だったり同じクラブだったりしたけど、一緒に遊んだりとかはほとんど無かったのね。
中学に入ってますます顔を合わせる機会が無かったんだけど、文化祭の実行委員で再会して、また話すようになってね。
文化祭終わってからも…向こうからしょっちゅう話し掛けられて…それで…」
「イヤ、だった?」
途中で樹深が口を挟んで、由野は少し考えた。
「…ううん、そんな事はなくて。好きな番組とか音楽とか、共通点も多かったんだけど…
ちょっと、ん? って思う事が出てきてね。
うちのお兄ちゃんの事を、何度も聞いてくるの。
“琴葉ちゃんのお兄さんってすっごくカッコイイね!”
“お兄さんサッカー部でゴールキーパーなんだね! 頼り甲斐ありそうで見惚れちゃうよ〜”
“今日お兄さんとすれ違ったよ! 挨拶したかったけど、私が琴葉ちゃんの友達って知らないもんね”
“ねえ琴葉ちゃん、お兄さんの好きな音楽とか知ってたら教えて? 私も聴いてみたいなあ”
“お兄さんもうすぐ卒業しちゃうよね、卒業ボタンって貰えるかなあ? ねえ琴葉ちゃんから頼んでくれる?”
挙げたらきりがないけど…うちの教室に来てまでそんな話ばかり…で…」
そこまで言い切ると、はあー…と長い溜め息をついた由野。
「あー分かるなあそれ」同じく上のきょうだい持ちの樹深が何度も頷く。
俺は俺で、ねえ琴葉ちゃん、あのねだるような声と、由野と他者の間を割り込んでくるあの態度、疲れるよなあと同情する。
「ふふ…春海くんと後藤くんに話したらちょっとスッキリしたよ」
ありがとう、と言いながら由野は顔を上げた。
たしかにその顔は、吐き出す前より大分晴れやかになっていた。
…