悠の詩〈第3章〉

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 観客ギャラリーはいないけど緊張する、無意識に両手を数秒目に押し当てて、うっしと短く気合いを入れる俺。

 樹深と先生がその仕草にクスリと笑ったのを確認してから、恒例スティック4回鳴らしをした。

 ふたりのギターがハモる、一拍置いてから俺のドラム音がゆっくり刻み始める。

 ほう、という生徒会側のため息を聞いた。多分腕前を期待してなかったに違いない…別にどうでもいいけど。

 舞台ステージの広さに戸惑いもあったが次第に慣れていき、サビに差し掛かる頃には、あの照井さんのスタジオで演奏した感覚が蘇っていた。

 おお、と今度は感嘆の声を生徒会側が上げた。「でも本番先生無しだろ」副会長の嫌味もご丁寧に混ざってたけど、知らんふり。書記先輩がカウンターの向こうでご機嫌に体を揺らしていたから、それでチャラ。

 旋律がゆっくりになり、最後の目配せ、ギターの撫でる音とシンバルの響きが静かに重なって、曲は終わった。

 ミス一度も無し文句無しの一発リハ、高揚感に満ちたけど、あれ、この後どうしたらいいんだろ、はたと我に返ってキョロキョロとしてしまう。

「…おぅい、終わったんだが俺達どうすりゃいいんだ(苦笑)」

 先に口を開いたのはコタ先生。

 生徒会長がはっとなって俺達に拍手を贈った。それを合図に主人公達から、高浪たち照明係からもパラパラと労いの拍手が起こった。高浪なんか特に、大袈裟に手を叩いて何度も頷いてた。

「思った以上に良かったよ、明日もこの調子でね。
 で、弾き終わって観客ギャラリーの拍手の間、3人ちょっと前に出て揃って一礼してから袖へ捌けてくれないか」

 褒め言葉もそこそこに最後の指示を出す生徒会長。その通りに動くと、生徒会長はもう俺達には目もくれないで「さぁ次のシーンに移るよ…」せかせかと主人公達の方へ行ってしまった。

 これで…おしまい、でいいのかな? 俺と樹深が顔を見合わせると、背後からコタ先生が俺達の肩を強めに叩いて、

「リハ終了、って事でいいみたいだな。二人とも良かったぞ、今までで一番だ」

 ニカリン笑顔をくれた。

 そこへ高浪が奥の照明から走ってきて、「やっぱり頼んでよかった、明日も楽しみにしてる」俺達の両手を順番にガッチリ掴んで、ぶんぶんと上下に振った。あんまり力が強いもんだから腕がもげるかと思った。

「あっそうそう、会長からコレ頼まれてた。明日は体操着の上から、これ羽織って演奏してって。柏木さんにも伝えておいて」

 高浪が寄越したのは、フードの付いたグレーがかった布のケープ。その場で身に付けてみると、俺と樹深にはちょっとブカブカだった。多分柏木にはジャストフィットだ。

「柏木には先生から渡しておくな、この後あいつのとこ寄ってくから。今日の流れも言っておくな」

 お前たちはもう帰りな、先生は生徒会あいつらが終わるまで付き合わないといけないから、そう付け加えてコタ先生も生徒会の輪へ紛れていった。

「…帰ろうか、春海ちゃん」

「…そだな」

「…あーっ、なんか、今になって疲れが前に出た(笑)」

「まじか(笑) つーか、俺もだよ。あーっ、腹へったなぁ」

 今日の事が全て終わって、なんかハイになったっぽい俺達。ヘラヘラ笑いながら校門を出た。

 本番まだだろ、シャキッとしたらどうだい、柏木の冷ややかな言葉を聞いた気がする俺は、やっぱり今日の事で疲れたんだろ、今日は早めに休もうと帰途の最中に思った。





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