悠の詩〈第3章〉

9/66

前へ 次へ


 あっという間に帰る時間になり、その前に最後にもう一度照井さんに聴いて貰った。

 ら、その途中で照井さんがおもむろに、置かれていたキーボードを前に構えて、事も無げに俺達の演奏に加わってきた。

 驚いたがあまりにも自然で、新しい音が重なるというのはこんなにも…体の内側から震えるもんなんだ。

 気持ちよく演奏を終えられて、コタ先生から惜しみない拍手を貰った。

「今日一番の出来だったなぁ、お前達。お疲れさん。
 照井、腕は鈍っちゃいないようだな?」

 先生の言葉に照井さんはハッハと笑い、

「ごめんね、いきなり横から。キミ達見てたら昔を思い出しちゃって、ついね。
 本番でも頑張ってね、うまくいくよう応援してる」

 さぁぼちぼち開店だぁ、と伸びをしながら下へ降りていく照井さんの背中に向かって、

「「ありがとうございました!」」

 俺と樹深は深く礼をした。



 商店街のそばの大通りでタクシーを捕まえて、俺達は帰途に着いた。

 最初に停まる樹深の家に着くまで、タクシーの中で今日の出来事を興奮気味に振り返る。

「いい所だったなー。またあそこでやりたいなー。
 照井さんもいいヒトだったなー。またあのカレー食べたいなー」

「ほんとに。いっぱい練習出来てよかったよね。月曜柏木さんと合わせるのが楽しみ~」

「ふはは、それは何よりだな。
 …あっそうだ、忘れない内に」

 そう言ってコタ先生がカバンの中を漁って出したのは、2本のカセットテープ。

 また? と思ったけど、まさかこれってもしかして。

「さっきの、最後のヤツ録ったから」

 やっぱり、いつの間に。演奏に夢中でコタ先生の動向に気付いてなかった。

「柏木にはナイショな? 知ったらむくれるからなぁあいつは(笑)」

「男達のヒミツ?(笑)」

「そ(笑)」

 柏木さんに悪いなぁ、そう言いつつも笑顔でテープを受け取る樹深が決定打、堪えきれず3人で大爆笑をした。

 ルームミラー越しに運転手さんが若干迷惑そうな顔をしてたので、ちょっとだけ肩を竦めた。





 この日の事を、あの町の商店街の外れにあったあのスタジオでの事を忘れられず、ずーっと後で樹深がそこを拠点にミュージシャンを目指す事になるだなんて…

 この時の俺達は知る由もない。





9/66ページ
スキ