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まるで移り香の如く
「マイカさん、髪の毛梳かしてもいいですか?」
「は? 僕の?」
「はい!」
ちょっと良いお値段の、髪にやさしいという櫛を片手にそう訊ねれば、マイカさんは少しだけ眉をひそめて私に視線をよこした。
彼は操作していたスマホを置き、「別にいいけど」と近くにあった椅子に座ってくれる。そんな自然な行動から嫌がられてはいないのだとわかり、ほっと胸を撫でおろす。
「マイカさんの髪、すごく綺麗だなっていつも思ってて。さらさらなんだろうなぁって」
「別に、普通でしょ」
なんてことのないように返され、絶対にそんなことはない!と思いながら、いつもより低い位置にあるその髪に目を奪われる。
じっと見つめるのも躊躇ってしまうような、神聖なものにも感じるそれ。触れることを許されたものの半ば信じられずにいて、少し……いや、だいぶ触れようとする手に緊張が走る。
「何してるの、やるなら早くしてよ」
「はい……! それじゃ、失礼して……」
恐る恐る、丁寧に。持参した櫛を彼の髪に通していく。痛くならないように、そっと、慎重に。
「……痛くないですか?」
「ぜんぜん。むしろ慎重すぎて笑える」
ふっと優しく吹き出すように笑われ、わずかに恥ずかしさを覚えながらも、私は彼の髪を梳き続ける。
やっぱり、すごく綺麗。艶があり、太すぎず細すぎず、コシもある。指通りも最高。普段からきちんと手入れがされている証拠だ。
緊張が解けてきて梳くのに馴れてくると、マイカさんが不意にやわらかい声で呟く。
「お前の手、気持ちいい」
「!」
突然そんなことを言われて平静を装えるわけもなく、「そ、そうですか?」なんて上擦った声を出してしまう。心なしか、心臓の音もさっきより大きくなったみたいだ。
「今度は僕が梳かしてあげる」
「えっ、でも」
「なに?他人 の髪触っておいて、自分は触らせないわけ?」
「い、いえ! お願いします!」
「ん」
一瞬躊躇ったけれど、彼の厚意は素直に受け取っておいたほうがいいと思い、今まで彼が座っていた椅子に今度は私が腰掛ける。そして持っていた櫛を手渡すと、すぐさまふわっと髪の毛が後ろに流された。
「っ、」
「……なに」
「いえ、なんでもないです……!」
彼のひんやりした指先が耳や首筋を掠めて、その度に意識がそこに集中する。膝の上で握った手にも、さらに力が入ってしまう。
まさか自分が梳かされる側になるなんて……。
髪の毛、そんなに綺麗じゃないのにな……。
恥ずかしさと、申し訳なさと、再び襲ってきた緊張から私は身を固くする。けれどもマイカさんはそんなことは気にも留めず、するすると思いのままに私の髪を操る。手慣れているのか、力加減もちょうどいい。
どうしよう、ちょっと眠くなりそう……。
しばらくそうされているうちに、不思議と心が安らいできた。睡魔さえもがそろそろと近づいてきている気がして、私は慌てて意識を引き戻す。
「あの、マイカさん、もう……」
「名前の髪も綺麗だよ」
「!」
「それに、すごくいい香りがする」
サイドの髪を一房すくわれ、彼の清らかな声が耳元に落ちる。
「シャンプー、何使ってるの?」
「あ、えっと……」
急な質問と胸の高鳴りに、しどろもどろになりながらも商品名を答える。すると彼は機嫌が良さそうな声で 「ふーん」と相槌を打った。
「僕も今度使ってみようかな」
「え……」
「その香り気に入ったし、お前と一緒ってのも悪くないだろ」
私の手の中に櫛を戻して、マイカさんはさらりとその髪を空気に揺らす。
「暇なときはいつでも声かけなよ。特別に、また僕がお前の髪を梳かしてあげる」
艶やかなその微笑みは、彼を彩る髪色も相俟って、まるで気高きローズのよう。華やかな香りに誘われた蝶はどちらか――不意にそんな一節が脳を過った。
憧れにも似た気持ちで、そっと彼を見つめる。これから先、きっとどんなことがあってもこの瞳は逸らせない。このとき、私はそう強く確信したのだった。
「マイカさん、髪の毛梳かしてもいいですか?」
「は? 僕の?」
「はい!」
ちょっと良いお値段の、髪にやさしいという櫛を片手にそう訊ねれば、マイカさんは少しだけ眉をひそめて私に視線をよこした。
彼は操作していたスマホを置き、「別にいいけど」と近くにあった椅子に座ってくれる。そんな自然な行動から嫌がられてはいないのだとわかり、ほっと胸を撫でおろす。
「マイカさんの髪、すごく綺麗だなっていつも思ってて。さらさらなんだろうなぁって」
「別に、普通でしょ」
なんてことのないように返され、絶対にそんなことはない!と思いながら、いつもより低い位置にあるその髪に目を奪われる。
じっと見つめるのも躊躇ってしまうような、神聖なものにも感じるそれ。触れることを許されたものの半ば信じられずにいて、少し……いや、だいぶ触れようとする手に緊張が走る。
「何してるの、やるなら早くしてよ」
「はい……! それじゃ、失礼して……」
恐る恐る、丁寧に。持参した櫛を彼の髪に通していく。痛くならないように、そっと、慎重に。
「……痛くないですか?」
「ぜんぜん。むしろ慎重すぎて笑える」
ふっと優しく吹き出すように笑われ、わずかに恥ずかしさを覚えながらも、私は彼の髪を梳き続ける。
やっぱり、すごく綺麗。艶があり、太すぎず細すぎず、コシもある。指通りも最高。普段からきちんと手入れがされている証拠だ。
緊張が解けてきて梳くのに馴れてくると、マイカさんが不意にやわらかい声で呟く。
「お前の手、気持ちいい」
「!」
突然そんなことを言われて平静を装えるわけもなく、「そ、そうですか?」なんて上擦った声を出してしまう。心なしか、心臓の音もさっきより大きくなったみたいだ。
「今度は僕が梳かしてあげる」
「えっ、でも」
「なに?
「い、いえ! お願いします!」
「ん」
一瞬躊躇ったけれど、彼の厚意は素直に受け取っておいたほうがいいと思い、今まで彼が座っていた椅子に今度は私が腰掛ける。そして持っていた櫛を手渡すと、すぐさまふわっと髪の毛が後ろに流された。
「っ、」
「……なに」
「いえ、なんでもないです……!」
彼のひんやりした指先が耳や首筋を掠めて、その度に意識がそこに集中する。膝の上で握った手にも、さらに力が入ってしまう。
まさか自分が梳かされる側になるなんて……。
髪の毛、そんなに綺麗じゃないのにな……。
恥ずかしさと、申し訳なさと、再び襲ってきた緊張から私は身を固くする。けれどもマイカさんはそんなことは気にも留めず、するすると思いのままに私の髪を操る。手慣れているのか、力加減もちょうどいい。
どうしよう、ちょっと眠くなりそう……。
しばらくそうされているうちに、不思議と心が安らいできた。睡魔さえもがそろそろと近づいてきている気がして、私は慌てて意識を引き戻す。
「あの、マイカさん、もう……」
「名前の髪も綺麗だよ」
「!」
「それに、すごくいい香りがする」
サイドの髪を一房すくわれ、彼の清らかな声が耳元に落ちる。
「シャンプー、何使ってるの?」
「あ、えっと……」
急な質問と胸の高鳴りに、しどろもどろになりながらも商品名を答える。すると彼は機嫌が良さそうな声で 「ふーん」と相槌を打った。
「僕も今度使ってみようかな」
「え……」
「その香り気に入ったし、お前と一緒ってのも悪くないだろ」
私の手の中に櫛を戻して、マイカさんはさらりとその髪を空気に揺らす。
「暇なときはいつでも声かけなよ。特別に、また僕がお前の髪を梳かしてあげる」
艶やかなその微笑みは、彼を彩る髪色も相俟って、まるで気高きローズのよう。華やかな香りに誘われた蝶はどちらか――不意にそんな一節が脳を過った。
憧れにも似た気持ちで、そっと彼を見つめる。これから先、きっとどんなことがあってもこの瞳は逸らせない。このとき、私はそう強く確信したのだった。
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