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抱擁の処方箋
「はい、おいで」
仕事から帰ってすぐ、両腕を広げて待っていた彼の胸元に、私は遠慮なく飛び込んだ。
「またあの人に嫌味言われた〜……」
「ん、お疲れさま」
ぎゅーっと思いっきり抱きつく私とは対照的に、やさしく肩を包んで、ぽんぽんと軽く頭を撫でてくれる彼。歳も社会人歴も大して違わないのに、この余裕の差にはいつも驚かされる。
彼の胸元にぐっと額を押し付けて、深くゆっくり息を吐く。思い出すとまだ少しイライラするけど、大丈夫。もう過ぎたことだから。今は、大好きな人が目の前にいる。
腕の力をゆるめ、彼の胸元に押し付ける部位を額から頬に変える。少しファンデが付くかもしれないけど、あとでちゃんと落とすから、許して。
「……言い返すの、我慢した」
ぼそりと小さく呟けば、「そっか。すごいな」なんて感心したような声が降ってくる。俺は結構言っちゃうタイプだから。耳を押し付けた胸板から、直接響くように聞こえてくる。
「言えるのもすごいよ」
「そうかな」
「うん、羨ましい」
私は会社の同僚に嫌味を言われても、すぐに言い返すことができない。我慢したなんて強がったけど、本当は何を言えばいいのかわからなくて、曖昧に笑って誤魔化しただけ。あとから思い返したときに、ああ言っていれば、こう返していればってセリフがたくさん出てきて悔しくなる。……悔しくなるけど、結局は言い合いになるのも面倒だから、黙ってしまう。
どちらが正解なんだろう。そんなこと、きっと誰にもわからない。とっさに言い返せたとして、それすらも後悔するとしたら、やっぱり何も言えなくなってしまうじゃないか。
「……落ち着いた?」
「……ん」
しんと静まり返った部屋に、私を気遣う穏やかな声と、その鼓動がトクトクと響く。
彼が着るシャツのさらりとした感触、安心する匂い、心地よい温度。やっぱり、これが一番効く。
「いつもありがと」
「俺のほうこそ」
「……?」
顔を上げつつ、思いもよらない彼の返答に「何が?」と首を傾げる。
「俺だって、思うようにいかないことたくさんあるし。でも、こうして名前を抱きしめてると、悩んでる俺、小さいなって思えてくるから」
会社とショーレストランを掛け持ちできるくらい器用で要領のいい人間が、そんなふうに思うこともあるのか……。そりゃあ、誰しも多かれ少なかれ悩むことはあるだろうけど。
初めて聞いた彼のそういった部分に、気づいてあげられなかった申し訳なさと、また少し彼のことが知れたという嬉しさがない混ぜになる。
「ごめんね、私だけがこうやって甘えちゃってて」
「ぜんぜん。むしろ嬉しいよ」
「ほんとに?」
「疑う要素ある?」
ふ、と笑いながら、彼は私の頭にキスを落とす。
「こうして名前が元気になるなら嬉しいし、俺もいろいろ回復できるから。Win-Winってこと」
きれいに整った顔をぐっと近づけられながら、わかった? と甘い声で囁かれる。はい、わかりました。疑った私が愚かでした。降参です。
彼から降り注がれるきらめきに負けて、私は抑えようとしていた気持ちの蓋を外す。
「今日はスターレスのほうはお休みなんだよね?」
「うん」
「じゃあ、いっぱい甘やかして」
「了解。まかせて」
もう一度、ぎゅーっと思いきり彼を抱きしめる。今度は同じくらいの強さで抱きしめ返してくれて、体中が大好きな温もりでいっぱいになった。
今日はこのまま――ううん、明日の朝まで。
最大限愛のこもった抱擁を、お願いします。
「はい、おいで」
仕事から帰ってすぐ、両腕を広げて待っていた彼の胸元に、私は遠慮なく飛び込んだ。
「またあの人に嫌味言われた〜……」
「ん、お疲れさま」
ぎゅーっと思いっきり抱きつく私とは対照的に、やさしく肩を包んで、ぽんぽんと軽く頭を撫でてくれる彼。歳も社会人歴も大して違わないのに、この余裕の差にはいつも驚かされる。
彼の胸元にぐっと額を押し付けて、深くゆっくり息を吐く。思い出すとまだ少しイライラするけど、大丈夫。もう過ぎたことだから。今は、大好きな人が目の前にいる。
腕の力をゆるめ、彼の胸元に押し付ける部位を額から頬に変える。少しファンデが付くかもしれないけど、あとでちゃんと落とすから、許して。
「……言い返すの、我慢した」
ぼそりと小さく呟けば、「そっか。すごいな」なんて感心したような声が降ってくる。俺は結構言っちゃうタイプだから。耳を押し付けた胸板から、直接響くように聞こえてくる。
「言えるのもすごいよ」
「そうかな」
「うん、羨ましい」
私は会社の同僚に嫌味を言われても、すぐに言い返すことができない。我慢したなんて強がったけど、本当は何を言えばいいのかわからなくて、曖昧に笑って誤魔化しただけ。あとから思い返したときに、ああ言っていれば、こう返していればってセリフがたくさん出てきて悔しくなる。……悔しくなるけど、結局は言い合いになるのも面倒だから、黙ってしまう。
どちらが正解なんだろう。そんなこと、きっと誰にもわからない。とっさに言い返せたとして、それすらも後悔するとしたら、やっぱり何も言えなくなってしまうじゃないか。
「……落ち着いた?」
「……ん」
しんと静まり返った部屋に、私を気遣う穏やかな声と、その鼓動がトクトクと響く。
彼が着るシャツのさらりとした感触、安心する匂い、心地よい温度。やっぱり、これが一番効く。
「いつもありがと」
「俺のほうこそ」
「……?」
顔を上げつつ、思いもよらない彼の返答に「何が?」と首を傾げる。
「俺だって、思うようにいかないことたくさんあるし。でも、こうして名前を抱きしめてると、悩んでる俺、小さいなって思えてくるから」
会社とショーレストランを掛け持ちできるくらい器用で要領のいい人間が、そんなふうに思うこともあるのか……。そりゃあ、誰しも多かれ少なかれ悩むことはあるだろうけど。
初めて聞いた彼のそういった部分に、気づいてあげられなかった申し訳なさと、また少し彼のことが知れたという嬉しさがない混ぜになる。
「ごめんね、私だけがこうやって甘えちゃってて」
「ぜんぜん。むしろ嬉しいよ」
「ほんとに?」
「疑う要素ある?」
ふ、と笑いながら、彼は私の頭にキスを落とす。
「こうして名前が元気になるなら嬉しいし、俺もいろいろ回復できるから。Win-Winってこと」
きれいに整った顔をぐっと近づけられながら、わかった? と甘い声で囁かれる。はい、わかりました。疑った私が愚かでした。降参です。
彼から降り注がれるきらめきに負けて、私は抑えようとしていた気持ちの蓋を外す。
「今日はスターレスのほうはお休みなんだよね?」
「うん」
「じゃあ、いっぱい甘やかして」
「了解。まかせて」
もう一度、ぎゅーっと思いきり彼を抱きしめる。今度は同じくらいの強さで抱きしめ返してくれて、体中が大好きな温もりでいっぱいになった。
今日はこのまま――ううん、明日の朝まで。
最大限愛のこもった抱擁を、お願いします。
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