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紅茶にかける魔法
特別に疲れたと感じた日は、特別な癒しが欲しいと思ってしまう。
すっかり夜の色に染まった新宿の街。人々が行き交う賑やかな通りを、ローヒールのパンプスが忙しない音を立てて進む。
私が今向かっているのは、『Theater Starless』というショーレストラン。この先の路地を曲がって、少ししたら左手に見えてくる。レストランだから当然お料理は美味しいし、ショーも素晴らしくて毎回感動せずにはいられない。深い海の中にいるような気分を味わえる内装が美しい、私の癒しスポットだ。
今の期間は過去作の中から選ばれるランダム公演が行われている。どの演目が観られるかは、行ってからのお楽しみ。
――そう。いつもなら、たしかに文字通り「お楽しみ」なのだ。向かう途中で公演内容を思い返したり、今日は誰がエスコートしてくれるのかな、なんて呑気に考えたり。でも、今日はそんなことを考えている余裕はない。早くお店に着きたいという気持ちだけが、頭のてっぺんから足の爪先まで私の中を占めている。
駅を出てからずっと小走りで来たせいか、額にうっすらと汗が滲む。短く吐き出される自分の息に、かすかな冬の気配が映し出された。
***
「はぁ、間に合った……」
エントランスに着き、落ち着いた明るさにほっと息を吐く。ちらほらと他のお客さんの姿も見え、開演までまだ余裕があることに胸を撫で下ろした。
遅いほうの時間で取っておいてよかった。そう思いながら案内を待っていると、ふと前方にいたお客さんの姿が目に留まる。
艷やかで明るいブラウンの髪。下ろし立てのような白いワンピース。高級そうな品の良い小さめのバッグ。脚をすらりと見せる華奢なピンヒール。スタッフがお気に入りのキャストだったのか、その人はとても楽しそうにおしゃべりをしながらホールに入っていく。
とうに見慣れた、何でもない光景だった。その素敵な後ろ姿を見て、今の自分の恰好を思い出すまでは。
今朝、家を出るときに確認した自分の姿。後ろで一つに束ねた暗い色の髪。よれてはいないけれど、新しくもないワイシャツと濃紺のスーツ。あまりおしゃれには見えない大きめの黒い鞄。それと同じ色の、踵が低いパンプス。
時間ばかりを気にしていたせいで頭から抜けていたけれど、今の私は「地味」の一言に尽きる。他のお客さんはみんな綺麗に着飾っているのに、私だけ明らかな場違い感。スーツでここに来ている人を、少なくとも私は見たことがない。後ろから聞こえた「何かの視察?」なんて言葉がじくりと背に刺さる。
「いらっしゃいませ。……どうかされましたか?」
下がり続けた視線のまま床を見つめていると、夜のそよ風のような、しっとりとした物静かな声が掛けられる。長めの髪に青紫のインナーカラー。青桐さんだ。
「いえ、何でもないです」
「……そうですか。では、ご案内いたします」
*
「どうぞ、こちらに」
「ありがとうございます」
薄暗い海の中に案内されると、いくらか心が休まる気がした。暗ければ私の姿は目立たない。座ってしまえばなおさらだ。
「今日はお仕事帰りに来てくださったんですか?」
テーブルにメニューを置きながら、青桐さんが控えめな笑みで訊ねてくる。今までスーツで来たことなんてなかったから、接客中の軽い話題に選びやすかったのだろう。
「はい。今日はちょっと……これじゃないといけない用があって」
苦笑混じりの、気の抜けた声が情けない。青桐さんの顔を見るのも躊躇われて、私は膝の上に置いた両手をきゅっと握りしめた。
本当は、定時で上がれる予定だった。服もこんなに生真面目なスーツではなく、きらびやかなショーレストランの中でも違和感のない、綺麗でおしゃれなもの。いつも通り仕事をこなして、時間にも心にも余裕を持ってここに来るつもりだった。
『悪いんだけど、今日の謝罪、君が代わりについてきてくれる?』
上司からそんな連絡が来たのは、今朝、家を出る直前だった。
昨日の終礼前、同僚が担当している取引先からクレームの電話が入った。電話を取ったその同僚と、そのあとに代わって必死に謝っていた上司の姿を、その場にいた全員が固唾を呑んで見守っていた。
謝罪には、上司と同僚が行く予定だった。それが今朝になって、同僚から体調不良で休みたいと連絡があったらしい。そこで私に白羽の矢が立ったのだ。以前、その取引先の担当をしていたのが私だったから。
前に担当していたからといって、どうして私が行かなければならないのかとモヤモヤした。同僚の体調不良も疑わしい。なんなら、上司ひとりでだって――
そこまで考えて、やめた。私が何を思っても謝罪には行かなければならないし、上司直々の命に逆らう気概もない。同僚だって、落ち込んだ末に体調を崩したのかもしれない。
時計を見ると、いつも家を出ている時間を五分ほど過ぎていた。私は急いで謝罪に相応しい恰好に着替え、少しでも走りやすいよう、踵が低い黒のパンプスに足を入れた。
出社して早々、上司の指示で菓子折りを買いに走った。ついてきてくれるだけでいいと言われたけれど、当然私も一緒に謝罪の言葉を述べた。会社に戻ってからは通常の業務、さらに後輩のミスを見つけたからそのフォロー。他の同僚もカバーしてくれてはいたけれど、残業となるのは確実だった。
一瞬、ここをキャンセルしようかとも考えた。でも、こんな日だからこそ来たいと思った。癒されたかった。この、深くて静かな、鯨のいる海に。
「それは……お疲れさまでした」
青桐さんの声にハッと顔を上げる。
もしかして今、愚痴を……?
「すみません……! 今のは――」
気にしないでください。そう言おうとした矢先、青桐さんが私と目線を合わせるようにして、その場で静かに膝を折る。
「よろしければ、お飲み物は俺がおすすめしても?」
「え? あ、はい。……お願いします」
サイドで結んだ髪の、薄い青紫が彼の落ち着いた雰囲気を引き立てる。最後まで淡い笑みを絶やさなかった青桐さんは、私の注文を取り終えるとすぐにキッチンへ下がっていった。
***
「お待たせいたしました」
骨の鯨を見上げてぼんやりしていたら、さほど時間が経たないうちに飲み物が運ばれてきた。
トレイに乗ってやって来たそれは、色鮮やかな紅茶のポットと、縁が花びらのようになっている可愛らしいカップ。そのカップとセットになっているソーサー、スプーン。角砂糖とミルク。それから――
「お花?」
小さなレースペーパーに乗せられた、手のひらに収まるほどの一輪の花。白い縦長の花弁に、真ん中の黄色い部分がこんもりと盛り上がっている。
「カモミール、ですか?」
「はい。残念ながら、こちらは造花ですが」
ティーセットを丁寧に並べたあと、青桐さんは優雅な手つきでカップに紅茶を注ぐ。そして、造花のカモミールをそっと指先で摘み上げると、カップの近くでくるくると円を描くように動かした。
「?」
不思議に思い、私はその花と青桐さんの顔を順に見つめる。
「魔法を、かけてみました」
「魔法……?」
ふふ、と青桐さんが微笑んで、「よろしければ、こちらも」とシュガーポットを寄せてくれる。勧められるまま角砂糖をひとつ入れ、私はゆっくりとカップを口元に近づけた。
「……あれ?」
ふわりと漂った香りに違和感を覚える。紅茶の爽やかさだけではない。何か他の、花のような、フルーツのような甘い香りがする。ひとくち飲んでみると、その香りがさらに深く私の中に染み入ってくる。
「すごい……今の魔法で香りを付けたんですか?」
「そうです。――と、言いたいところですが。魔法をかけたのは俺ではなく、この角砂糖です」
「えっ」
答え合わせをするように、青桐さんがシュガーポットの中身を指し示す。
この、普通の見た目と変わらない角砂糖が……?
「フレーバー付きの角砂糖なんです」
どうぞ、近くで嗅いでみてください。そう言われて、シュガーポットを持ち上げる。すると、紅茶から香ったものと同じ甘さがほのかに感じ取れた。
「こんな角砂糖があるんですね。知りませんでした」
「気に入っていただけましたか?」
「はい、とても! でも、今までは普通のお砂糖でしたよね?」
「今回は特別です。少しでも、あなたの気分が晴れればと思いまして」
内緒話をするように、青桐さんが私の耳元で声を潜める。
「……ですので、他の方には秘密にしていただけると助かります」
「!」
しっとりと色気を孕んだ声にどきりとする。すぐに背筋を伸ばした青桐さんを目で追えば、どこか儚げにも見えるその表情が、やっぱり淡い笑みをたたえて私を見てくれていた。
「……ふふっ」
「やっと笑ってくれましたね」
「今まで笑えていませんでしたか?」
「心から、という意味では」
そうか、たしかに。この紅茶をいただいてから、ずいぶんと気持ちが晴れやかになった。
「青桐さんのおかげです。ありがとうございます」
静かな海の色と、やさしく華やかな香り。今日、ここに来てよかった。やっぱり、私にとってこの癒しスポットの効果は絶大だ。
「でも、ちょっとびっくりしました。青桐さんが『魔法をかける』なんて」
「……おかしかったでしょうか?」
「いえ! なんというか……青桐さんは常に冷静沈着で、接客も過不足なくこなしているイメージがあったので。『魔法』なんてファンタジックなワードが出てきたのが、意外だなと思って」
「そうですか?」
「はい。……ふふっ」
***
ショーが終わって、食後に二杯目の紅茶をいただく。今度はたっぷりとミルクを入れ、甘い甘い角砂糖も、ふたつ。
スプーンをソーサーに置いて、可愛らしいカモミールを手に取る。青桐さんがしてくれたのを思い出しながら、私は幸せな気持ちでくるくると円を描いた。
特別に疲れたと感じた日は、特別な癒しが欲しいと思ってしまう。
すっかり夜の色に染まった新宿の街。人々が行き交う賑やかな通りを、ローヒールのパンプスが忙しない音を立てて進む。
私が今向かっているのは、『Theater Starless』というショーレストラン。この先の路地を曲がって、少ししたら左手に見えてくる。レストランだから当然お料理は美味しいし、ショーも素晴らしくて毎回感動せずにはいられない。深い海の中にいるような気分を味わえる内装が美しい、私の癒しスポットだ。
今の期間は過去作の中から選ばれるランダム公演が行われている。どの演目が観られるかは、行ってからのお楽しみ。
――そう。いつもなら、たしかに文字通り「お楽しみ」なのだ。向かう途中で公演内容を思い返したり、今日は誰がエスコートしてくれるのかな、なんて呑気に考えたり。でも、今日はそんなことを考えている余裕はない。早くお店に着きたいという気持ちだけが、頭のてっぺんから足の爪先まで私の中を占めている。
駅を出てからずっと小走りで来たせいか、額にうっすらと汗が滲む。短く吐き出される自分の息に、かすかな冬の気配が映し出された。
***
「はぁ、間に合った……」
エントランスに着き、落ち着いた明るさにほっと息を吐く。ちらほらと他のお客さんの姿も見え、開演までまだ余裕があることに胸を撫で下ろした。
遅いほうの時間で取っておいてよかった。そう思いながら案内を待っていると、ふと前方にいたお客さんの姿が目に留まる。
艷やかで明るいブラウンの髪。下ろし立てのような白いワンピース。高級そうな品の良い小さめのバッグ。脚をすらりと見せる華奢なピンヒール。スタッフがお気に入りのキャストだったのか、その人はとても楽しそうにおしゃべりをしながらホールに入っていく。
とうに見慣れた、何でもない光景だった。その素敵な後ろ姿を見て、今の自分の恰好を思い出すまでは。
今朝、家を出るときに確認した自分の姿。後ろで一つに束ねた暗い色の髪。よれてはいないけれど、新しくもないワイシャツと濃紺のスーツ。あまりおしゃれには見えない大きめの黒い鞄。それと同じ色の、踵が低いパンプス。
時間ばかりを気にしていたせいで頭から抜けていたけれど、今の私は「地味」の一言に尽きる。他のお客さんはみんな綺麗に着飾っているのに、私だけ明らかな場違い感。スーツでここに来ている人を、少なくとも私は見たことがない。後ろから聞こえた「何かの視察?」なんて言葉がじくりと背に刺さる。
「いらっしゃいませ。……どうかされましたか?」
下がり続けた視線のまま床を見つめていると、夜のそよ風のような、しっとりとした物静かな声が掛けられる。長めの髪に青紫のインナーカラー。青桐さんだ。
「いえ、何でもないです」
「……そうですか。では、ご案内いたします」
*
「どうぞ、こちらに」
「ありがとうございます」
薄暗い海の中に案内されると、いくらか心が休まる気がした。暗ければ私の姿は目立たない。座ってしまえばなおさらだ。
「今日はお仕事帰りに来てくださったんですか?」
テーブルにメニューを置きながら、青桐さんが控えめな笑みで訊ねてくる。今までスーツで来たことなんてなかったから、接客中の軽い話題に選びやすかったのだろう。
「はい。今日はちょっと……これじゃないといけない用があって」
苦笑混じりの、気の抜けた声が情けない。青桐さんの顔を見るのも躊躇われて、私は膝の上に置いた両手をきゅっと握りしめた。
本当は、定時で上がれる予定だった。服もこんなに生真面目なスーツではなく、きらびやかなショーレストランの中でも違和感のない、綺麗でおしゃれなもの。いつも通り仕事をこなして、時間にも心にも余裕を持ってここに来るつもりだった。
『悪いんだけど、今日の謝罪、君が代わりについてきてくれる?』
上司からそんな連絡が来たのは、今朝、家を出る直前だった。
昨日の終礼前、同僚が担当している取引先からクレームの電話が入った。電話を取ったその同僚と、そのあとに代わって必死に謝っていた上司の姿を、その場にいた全員が固唾を呑んで見守っていた。
謝罪には、上司と同僚が行く予定だった。それが今朝になって、同僚から体調不良で休みたいと連絡があったらしい。そこで私に白羽の矢が立ったのだ。以前、その取引先の担当をしていたのが私だったから。
前に担当していたからといって、どうして私が行かなければならないのかとモヤモヤした。同僚の体調不良も疑わしい。なんなら、上司ひとりでだって――
そこまで考えて、やめた。私が何を思っても謝罪には行かなければならないし、上司直々の命に逆らう気概もない。同僚だって、落ち込んだ末に体調を崩したのかもしれない。
時計を見ると、いつも家を出ている時間を五分ほど過ぎていた。私は急いで謝罪に相応しい恰好に着替え、少しでも走りやすいよう、踵が低い黒のパンプスに足を入れた。
出社して早々、上司の指示で菓子折りを買いに走った。ついてきてくれるだけでいいと言われたけれど、当然私も一緒に謝罪の言葉を述べた。会社に戻ってからは通常の業務、さらに後輩のミスを見つけたからそのフォロー。他の同僚もカバーしてくれてはいたけれど、残業となるのは確実だった。
一瞬、ここをキャンセルしようかとも考えた。でも、こんな日だからこそ来たいと思った。癒されたかった。この、深くて静かな、鯨のいる海に。
「それは……お疲れさまでした」
青桐さんの声にハッと顔を上げる。
もしかして今、愚痴を……?
「すみません……! 今のは――」
気にしないでください。そう言おうとした矢先、青桐さんが私と目線を合わせるようにして、その場で静かに膝を折る。
「よろしければ、お飲み物は俺がおすすめしても?」
「え? あ、はい。……お願いします」
サイドで結んだ髪の、薄い青紫が彼の落ち着いた雰囲気を引き立てる。最後まで淡い笑みを絶やさなかった青桐さんは、私の注文を取り終えるとすぐにキッチンへ下がっていった。
***
「お待たせいたしました」
骨の鯨を見上げてぼんやりしていたら、さほど時間が経たないうちに飲み物が運ばれてきた。
トレイに乗ってやって来たそれは、色鮮やかな紅茶のポットと、縁が花びらのようになっている可愛らしいカップ。そのカップとセットになっているソーサー、スプーン。角砂糖とミルク。それから――
「お花?」
小さなレースペーパーに乗せられた、手のひらに収まるほどの一輪の花。白い縦長の花弁に、真ん中の黄色い部分がこんもりと盛り上がっている。
「カモミール、ですか?」
「はい。残念ながら、こちらは造花ですが」
ティーセットを丁寧に並べたあと、青桐さんは優雅な手つきでカップに紅茶を注ぐ。そして、造花のカモミールをそっと指先で摘み上げると、カップの近くでくるくると円を描くように動かした。
「?」
不思議に思い、私はその花と青桐さんの顔を順に見つめる。
「魔法を、かけてみました」
「魔法……?」
ふふ、と青桐さんが微笑んで、「よろしければ、こちらも」とシュガーポットを寄せてくれる。勧められるまま角砂糖をひとつ入れ、私はゆっくりとカップを口元に近づけた。
「……あれ?」
ふわりと漂った香りに違和感を覚える。紅茶の爽やかさだけではない。何か他の、花のような、フルーツのような甘い香りがする。ひとくち飲んでみると、その香りがさらに深く私の中に染み入ってくる。
「すごい……今の魔法で香りを付けたんですか?」
「そうです。――と、言いたいところですが。魔法をかけたのは俺ではなく、この角砂糖です」
「えっ」
答え合わせをするように、青桐さんがシュガーポットの中身を指し示す。
この、普通の見た目と変わらない角砂糖が……?
「フレーバー付きの角砂糖なんです」
どうぞ、近くで嗅いでみてください。そう言われて、シュガーポットを持ち上げる。すると、紅茶から香ったものと同じ甘さがほのかに感じ取れた。
「こんな角砂糖があるんですね。知りませんでした」
「気に入っていただけましたか?」
「はい、とても! でも、今までは普通のお砂糖でしたよね?」
「今回は特別です。少しでも、あなたの気分が晴れればと思いまして」
内緒話をするように、青桐さんが私の耳元で声を潜める。
「……ですので、他の方には秘密にしていただけると助かります」
「!」
しっとりと色気を孕んだ声にどきりとする。すぐに背筋を伸ばした青桐さんを目で追えば、どこか儚げにも見えるその表情が、やっぱり淡い笑みをたたえて私を見てくれていた。
「……ふふっ」
「やっと笑ってくれましたね」
「今まで笑えていませんでしたか?」
「心から、という意味では」
そうか、たしかに。この紅茶をいただいてから、ずいぶんと気持ちが晴れやかになった。
「青桐さんのおかげです。ありがとうございます」
静かな海の色と、やさしく華やかな香り。今日、ここに来てよかった。やっぱり、私にとってこの癒しスポットの効果は絶大だ。
「でも、ちょっとびっくりしました。青桐さんが『魔法をかける』なんて」
「……おかしかったでしょうか?」
「いえ! なんというか……青桐さんは常に冷静沈着で、接客も過不足なくこなしているイメージがあったので。『魔法』なんてファンタジックなワードが出てきたのが、意外だなと思って」
「そうですか?」
「はい。……ふふっ」
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ショーが終わって、食後に二杯目の紅茶をいただく。今度はたっぷりとミルクを入れ、甘い甘い角砂糖も、ふたつ。
スプーンをソーサーに置いて、可愛らしいカモミールを手に取る。青桐さんがしてくれたのを思い出しながら、私は幸せな気持ちでくるくると円を描いた。
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