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板上の火花
火花が散った。
助走をつけて勢いよく飛び上がったオレンジの蕾が、都会のビルと青空を背景に、バチバチと鮮やかな大輪を咲かせた。
ガコッと車輪が着地する。硬い地面の上をなめらかに滑るボードは、しばらくまっすぐに進んでから、くるりと向きを変えてこちらに戻ってきた。
「今のはジョーデキだろ!」
嬉しそうに笑顔を見せるミズキに向かって、私は階段に座ったままパチパチと拍手を送る。
「すごかったよ! 花火みたいだった!」
「花火ィ? デッケーやつか?」
「そう、打ち上げ花火!」
スターレスからも程近いこの公園は、子どもから大人まで、本当にいろんな人たちが遊びにくる。時には親子連れのグループがまとまってボール遊びをしていたり、時にはちょっとガラの悪い若者がたむろしていたり。
今日は比較的平和なほうで、少し離れた場所で小学生くらいの子どもたちがミズキと同じようにスケボーを楽しんでいる。
「次あそこの階段んとこでやってくっけど、お前どーする?」
「うーん……ちょうどここ日陰だし、待ってるよ」
「わかった。変なヤツに絡まれたらすぐ呼べよ」
「ん、了解」
飲み物とボードを持って、ミズキが別の場所に歩いていく。私はあまり詳しくないからわからないけど、滑りやすい場所とか、技を決めるのに最適な場所が彼の中にはあるみたいだ。
私は腰かけていた場所から数段上がり、ミズキの姿が見える位置に再び腰を下ろした。
「あのお兄ちゃん、お姉ちゃんのカレシ?」
突然、横から声がした。見上げると、脇にボードを抱えた男の子が立っている。
「えっ? あ、まぁ……」
「ふーん。カッコイイね!」
「……うん、かっこいい」
おそらく、向こうで遊んでいた子たちの一人だろう。見たところ、小学校の中学年くらいか。
このご時世、知らない人に自ら声をかける子どもなんてそうそういないだろうに。何の躊躇いもなく、むしろ親しげに話しかけてきたこの男の子に、私は一種の尊敬を覚えた。
「えっと……何か用だった? あのお兄ちゃんが場所取っちゃったとか?」
「ううん、違う」
「そっか、それなら――」
「おい、ガキと何してんだよ」
「!」
男の子のほうを向いていたから、ミズキが戻ってきたことに気づかなかった。見れば彼は少しこわい顔をしていて、私はとっさに男の子を庇うように立ち上がる。
「ちょっとお話してただけだよ」
「あ? 何の」
「お兄ちゃん! オレにさっきの技教えて!」
「は? ……お、おぉ、いいぜ。教えてやる」
「へ?」
男の子は階段を下りてミズキに駆け寄ると、持っていたボードをやさしく地面に置いた。
なんだ、スケボーの技を教えてほしかったのか。
険悪な雰囲気になってしまうかと身構えたけれど、まったくそんなことはないみたいで安心した。ミズキも表情をゆるめて男の子を見ている。よかった。
二人が開けた場所に出ていくのを見守りながら、私は改めて階段に座り直した。少し距離はあるけれど、二人の声もそれなりに聞こえてくる。
「あのお姉ちゃん、さっきお兄ちゃんのことカッコイイって言ってたよ」
「え、ちょっと、」
「おう、オレがカッコイイのはトーゼンだからな」
ミズキがこちらを向いてへへっと笑う。自分でも言ったかどうかわからないレベルのやり取りを悪気なく報告され、なんというか、ちょっと気まずい。
「お兄ちゃん名前何ていうの? おれハルキ!」
「名前? ……あー……ミズキって呼べ」
「ミズキお兄ちゃん! どっちもキで終わるね!」
「おー、そうだな」
……なんだか、兄弟みたい。
二人の会話や、楽しそうにボードと戯れている姿を見て、胸がきゅっと抱きしめられたような気持ちになる。
スターレスでは年上の人が多いし、あれくらいの年齢の子と関わることなんて、きっとほとんどないだろう。兄弟がいるかどうかだって、聞いたことはない。もし弟がいたら、あんな感じなのかもしれない。
それからしばらくの間、私は二人が真剣にスケボーと向き合っているのをぼんやりと眺めていた。
やがて日が傾きはじめ、ハルキくんは一緒に来ていた男の子たちに呼ばれて帰っていった。公園を出るときには「お姉ちゃんもバイバイ!」と手を振ってくれたから、私も笑顔で手を振り返した。
「私たちも帰ろっか」
「おう」
汗を拭ってスポーツドリンクを仰ぐミズキを横目に、私は軽くお尻をはたいて荷物を持ち直す。
夕方ともなれば、少しは暑さが落ち着いてくる。さわさわと肌を撫でていく風は乾いていて、秋がすぐそばまで近づいていることを教えてくれた。
「……お前、あーゆーことは直接言えっての」
「え?」
公園の出口に向かって歩き出したとき、ちょっと拗ねたようにミズキが言った。私は何のことかわからず、何が? と聞き返す。
「オレのこと、カッコイイって」
「う、」
真面目な顔であのことを掘り返されて、私の足が急に歩き方を忘れたようにおぼつかなくなる。
「あれは、つられてそのまま出ちゃったというか……」
「ウソだったってことかよ」
「いや、嘘とかじゃなくて……」
本心だからこそ、何も考えずとも口から出てしまった。というか、直接言えって言われても、突然「あなたは格好良い」なんて言ったら「急にどうした?」ってなるでしょ。あ、ミズキはならないのか? ……わからない。
「ガキの前では言えんのに、オレの前では言えねーのかよ」
「そういうわけじゃ――」
「じゃあ言えよ。ほら」
立ち止まり、半ば強引に向かい合わせにさせられる。そこまでして正面から言ってほしいのだろうか。なんだかもう、面倒くさいを越えて可愛いとすら思えてくる。
私はフッと吹き出しそうになるのを堪えて、めいっぱい心を込めて言った。
「格好いいよ、ミズキ。ミズキはいつでも格好いい」
ぬるい夏色の風が、私と彼の頬の火照りを煽っていく。
「あとね、『ミズキ』って名前も格好いいと思ってるんだ」
「は? 名前?」
「うん」
この際言ってしまおうと、私は心が発するままに思いを連ねた。
「演出家のご夫婦に付けてもらったんでしょ? 前に真珠くんと話してたときに聞いたんだ。二人の思い出の花なんだって! って、自分のことみたいに嬉しそうに教えてくれた。そういうの、すごく素敵だなって思った。それから、羨ましいなって」
「うらやましい? ……なんで」
「だってそれ、すごく愛されてる証拠じゃない? じゃなきゃ自分たちの思い出の花の名前なんて付けないよ」
急にこんなことを言って、驚かれるかもしれない。お前には関係ねーだろって、羨ましいとかバカじゃねーのって。でも、本当に素敵だと思ったから、伝えておきたかった。
「ミズキ」というのはステージネームだけど、本名よりも「本物の彼」という感じがして私は好きだ。本人がどう思っているかはわからないけど。私が、勝手にそう感じているだけだけど。
「すごく格好いいよ、ミズキ」
ミズキはニカッと笑って、元気よく「おう!」と答えた。
***
「この前アイツに会ったぜ」
「あいつ?」
「スケボーやってたときに会ったガキ」
舞台衣装を纏ったミズキが、私のテーブルに来て周りも気にせず話しだす。まだ人が少ないからいいものの、一応お店の中なんだけど。
「えっと……ハルキくん?」
「そーそー。アイツがさ、『今日はお姉ちゃんと一緒じゃないの? 会いたかった』とか言ってきてよ」
「えー、嬉しい」
「名前はオレのモンだからやらねーっつっといた」
「へ?」
どこからそんな話に飛んだのか。自分の耳がおかしくなったのかと疑いつつ、慌てて周りに目を走らせる。
「他のお客さんに聞かれたらまずいでしょ」
「あ? 知るかよンなもん」
チームや個人の人気が物を言う商売だというのに、そういうことには無頓着だから困ったものだ。……まぁ、嬉しくないと言ったら、それは嘘になってしまうけど。
ミズキは一度ステージのほうを振り返り、何かに思い耽ったあと、再びまっすぐに私を見た。
「文句言うヤツがいたら、オレに言え」
***
「きゃー! ミズキ〜!!」
「チームB、最高にカッコイイ〜!!」
眩しいステージに呼応するように、カラフルなライトが客席を埋め尽くす。
「オラオラァ!! もっと声出せェ!!」
「「「キャ〜!!!!」」」
大きな歓声の中で、メンバーがそれぞれ見せ場を披露する場面が訪れた。金剛さん、藍くん、ヒースくん、リコくん、それから――
「ミズキ!!」
私の目線の先にいるその人は、ステージの上をあちこち跳ねて、回って、飛び上がる。まるで、夜の地面を駆け抜けるねずみ花火みたいに。
クライマックスへと進むにつれて、ダンス、歌、客席の熱気が増していく。そして、派手な音楽と複数のスポットライトを一身に受けたひとつの蕾が、最後に大きく花開いた。
「本当に格好いいよ……ミズキ……」
――バチバチと、熱い音がするような。
海中を照らす深い青の中に、鮮やかなオレンジ色の、火花が散った。
火花が散った。
助走をつけて勢いよく飛び上がったオレンジの蕾が、都会のビルと青空を背景に、バチバチと鮮やかな大輪を咲かせた。
ガコッと車輪が着地する。硬い地面の上をなめらかに滑るボードは、しばらくまっすぐに進んでから、くるりと向きを変えてこちらに戻ってきた。
「今のはジョーデキだろ!」
嬉しそうに笑顔を見せるミズキに向かって、私は階段に座ったままパチパチと拍手を送る。
「すごかったよ! 花火みたいだった!」
「花火ィ? デッケーやつか?」
「そう、打ち上げ花火!」
スターレスからも程近いこの公園は、子どもから大人まで、本当にいろんな人たちが遊びにくる。時には親子連れのグループがまとまってボール遊びをしていたり、時にはちょっとガラの悪い若者がたむろしていたり。
今日は比較的平和なほうで、少し離れた場所で小学生くらいの子どもたちがミズキと同じようにスケボーを楽しんでいる。
「次あそこの階段んとこでやってくっけど、お前どーする?」
「うーん……ちょうどここ日陰だし、待ってるよ」
「わかった。変なヤツに絡まれたらすぐ呼べよ」
「ん、了解」
飲み物とボードを持って、ミズキが別の場所に歩いていく。私はあまり詳しくないからわからないけど、滑りやすい場所とか、技を決めるのに最適な場所が彼の中にはあるみたいだ。
私は腰かけていた場所から数段上がり、ミズキの姿が見える位置に再び腰を下ろした。
「あのお兄ちゃん、お姉ちゃんのカレシ?」
突然、横から声がした。見上げると、脇にボードを抱えた男の子が立っている。
「えっ? あ、まぁ……」
「ふーん。カッコイイね!」
「……うん、かっこいい」
おそらく、向こうで遊んでいた子たちの一人だろう。見たところ、小学校の中学年くらいか。
このご時世、知らない人に自ら声をかける子どもなんてそうそういないだろうに。何の躊躇いもなく、むしろ親しげに話しかけてきたこの男の子に、私は一種の尊敬を覚えた。
「えっと……何か用だった? あのお兄ちゃんが場所取っちゃったとか?」
「ううん、違う」
「そっか、それなら――」
「おい、ガキと何してんだよ」
「!」
男の子のほうを向いていたから、ミズキが戻ってきたことに気づかなかった。見れば彼は少しこわい顔をしていて、私はとっさに男の子を庇うように立ち上がる。
「ちょっとお話してただけだよ」
「あ? 何の」
「お兄ちゃん! オレにさっきの技教えて!」
「は? ……お、おぉ、いいぜ。教えてやる」
「へ?」
男の子は階段を下りてミズキに駆け寄ると、持っていたボードをやさしく地面に置いた。
なんだ、スケボーの技を教えてほしかったのか。
険悪な雰囲気になってしまうかと身構えたけれど、まったくそんなことはないみたいで安心した。ミズキも表情をゆるめて男の子を見ている。よかった。
二人が開けた場所に出ていくのを見守りながら、私は改めて階段に座り直した。少し距離はあるけれど、二人の声もそれなりに聞こえてくる。
「あのお姉ちゃん、さっきお兄ちゃんのことカッコイイって言ってたよ」
「え、ちょっと、」
「おう、オレがカッコイイのはトーゼンだからな」
ミズキがこちらを向いてへへっと笑う。自分でも言ったかどうかわからないレベルのやり取りを悪気なく報告され、なんというか、ちょっと気まずい。
「お兄ちゃん名前何ていうの? おれハルキ!」
「名前? ……あー……ミズキって呼べ」
「ミズキお兄ちゃん! どっちもキで終わるね!」
「おー、そうだな」
……なんだか、兄弟みたい。
二人の会話や、楽しそうにボードと戯れている姿を見て、胸がきゅっと抱きしめられたような気持ちになる。
スターレスでは年上の人が多いし、あれくらいの年齢の子と関わることなんて、きっとほとんどないだろう。兄弟がいるかどうかだって、聞いたことはない。もし弟がいたら、あんな感じなのかもしれない。
それからしばらくの間、私は二人が真剣にスケボーと向き合っているのをぼんやりと眺めていた。
やがて日が傾きはじめ、ハルキくんは一緒に来ていた男の子たちに呼ばれて帰っていった。公園を出るときには「お姉ちゃんもバイバイ!」と手を振ってくれたから、私も笑顔で手を振り返した。
「私たちも帰ろっか」
「おう」
汗を拭ってスポーツドリンクを仰ぐミズキを横目に、私は軽くお尻をはたいて荷物を持ち直す。
夕方ともなれば、少しは暑さが落ち着いてくる。さわさわと肌を撫でていく風は乾いていて、秋がすぐそばまで近づいていることを教えてくれた。
「……お前、あーゆーことは直接言えっての」
「え?」
公園の出口に向かって歩き出したとき、ちょっと拗ねたようにミズキが言った。私は何のことかわからず、何が? と聞き返す。
「オレのこと、カッコイイって」
「う、」
真面目な顔であのことを掘り返されて、私の足が急に歩き方を忘れたようにおぼつかなくなる。
「あれは、つられてそのまま出ちゃったというか……」
「ウソだったってことかよ」
「いや、嘘とかじゃなくて……」
本心だからこそ、何も考えずとも口から出てしまった。というか、直接言えって言われても、突然「あなたは格好良い」なんて言ったら「急にどうした?」ってなるでしょ。あ、ミズキはならないのか? ……わからない。
「ガキの前では言えんのに、オレの前では言えねーのかよ」
「そういうわけじゃ――」
「じゃあ言えよ。ほら」
立ち止まり、半ば強引に向かい合わせにさせられる。そこまでして正面から言ってほしいのだろうか。なんだかもう、面倒くさいを越えて可愛いとすら思えてくる。
私はフッと吹き出しそうになるのを堪えて、めいっぱい心を込めて言った。
「格好いいよ、ミズキ。ミズキはいつでも格好いい」
ぬるい夏色の風が、私と彼の頬の火照りを煽っていく。
「あとね、『ミズキ』って名前も格好いいと思ってるんだ」
「は? 名前?」
「うん」
この際言ってしまおうと、私は心が発するままに思いを連ねた。
「演出家のご夫婦に付けてもらったんでしょ? 前に真珠くんと話してたときに聞いたんだ。二人の思い出の花なんだって! って、自分のことみたいに嬉しそうに教えてくれた。そういうの、すごく素敵だなって思った。それから、羨ましいなって」
「うらやましい? ……なんで」
「だってそれ、すごく愛されてる証拠じゃない? じゃなきゃ自分たちの思い出の花の名前なんて付けないよ」
急にこんなことを言って、驚かれるかもしれない。お前には関係ねーだろって、羨ましいとかバカじゃねーのって。でも、本当に素敵だと思ったから、伝えておきたかった。
「ミズキ」というのはステージネームだけど、本名よりも「本物の彼」という感じがして私は好きだ。本人がどう思っているかはわからないけど。私が、勝手にそう感じているだけだけど。
「すごく格好いいよ、ミズキ」
ミズキはニカッと笑って、元気よく「おう!」と答えた。
***
「この前アイツに会ったぜ」
「あいつ?」
「スケボーやってたときに会ったガキ」
舞台衣装を纏ったミズキが、私のテーブルに来て周りも気にせず話しだす。まだ人が少ないからいいものの、一応お店の中なんだけど。
「えっと……ハルキくん?」
「そーそー。アイツがさ、『今日はお姉ちゃんと一緒じゃないの? 会いたかった』とか言ってきてよ」
「えー、嬉しい」
「名前はオレのモンだからやらねーっつっといた」
「へ?」
どこからそんな話に飛んだのか。自分の耳がおかしくなったのかと疑いつつ、慌てて周りに目を走らせる。
「他のお客さんに聞かれたらまずいでしょ」
「あ? 知るかよンなもん」
チームや個人の人気が物を言う商売だというのに、そういうことには無頓着だから困ったものだ。……まぁ、嬉しくないと言ったら、それは嘘になってしまうけど。
ミズキは一度ステージのほうを振り返り、何かに思い耽ったあと、再びまっすぐに私を見た。
「文句言うヤツがいたら、オレに言え」
***
「きゃー! ミズキ〜!!」
「チームB、最高にカッコイイ〜!!」
眩しいステージに呼応するように、カラフルなライトが客席を埋め尽くす。
「オラオラァ!! もっと声出せェ!!」
「「「キャ〜!!!!」」」
大きな歓声の中で、メンバーがそれぞれ見せ場を披露する場面が訪れた。金剛さん、藍くん、ヒースくん、リコくん、それから――
「ミズキ!!」
私の目線の先にいるその人は、ステージの上をあちこち跳ねて、回って、飛び上がる。まるで、夜の地面を駆け抜けるねずみ花火みたいに。
クライマックスへと進むにつれて、ダンス、歌、客席の熱気が増していく。そして、派手な音楽と複数のスポットライトを一身に受けたひとつの蕾が、最後に大きく花開いた。
「本当に格好いいよ……ミズキ……」
――バチバチと、熱い音がするような。
海中を照らす深い青の中に、鮮やかなオレンジ色の、火花が散った。
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