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シェリーの誘惑
オレンジ色の照明が美しく、優雅なクラシックが流れる落ち着いた雰囲気の店内。いかにも「大人の隠れ家」のようなお洒落なバーに、違和感なくその存在を馴染ませるソテツさんと、慣れない場所に緊張して身を固くする私が不自然に肩を並べていた。
「お前、まだ緊張してるのか? そんなに身構えんでもいいだろ」
「や、だって、こんな所に来るの初めてですし……」
事の始まりは、公演が終わってスターレスを出た時だった。今日はオフだったらしいソテツさんがたまたまお店の前を歩いていて、「飲みに行くから暇なら付き合えよ、奢るから」と誘ってくれたのだ。てっきり気軽に行けそうな居酒屋さんかと思っていたから、私なんかがここにいるのは場違いな気がしてただただ気後れする。
「何にするか決まったか?」
「え、えっと……」
唯一安心したのは、お酒に疎い私にもやさしい仕様の写真付きのメニュー。ソテツさんに促され、写真と文字を見ながら飲めそうなものを探していく。
「あっ、これとかすっきりしてそう」
レモンやミントが入った透明なカクテルを指差せば、ソテツさんがこちらに身を寄せて一緒にメニューを覗き込む。
「そいつはシェリーとソーダなんかの炭酸飲料を混ぜたやつだ」
「シェリー?」
聞いたことのない名前に、私は思わず首を傾げた。シェリーって、なんだか可愛らしい名前。これにしようかなぁ。
意を決して店員さんに声を掛けようと顔を上げる。その時、「ちなみになんだが」とソテツさんが悪戯っぽく話を付け加えた。
「シェリーには『今夜一緒に寝てもいい』って意味があるらしいが……本当にいいのか?」
「!?」
さらりととんでもないことを教えられて、急に脳がパニックを起こす。
一緒に寝る!? えっ!?
「はっはっは! 本当に面白いな、お前」
「っ、からかったんですね!?」
「別にからかったつもりはないさ。俺はその意味通りになっても構わんからな」
ソテツさんは慌てる私を楽しそうに弄りつつ、片手で頬杖をついて優しげな瞳を向けてくる。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかわからない。本能が、この男は危険だと警鐘を鳴らしている気さえする。
「ま、いちいち意味を考えて飲むヤツなんて少ないだろ。好きなものを頼めばいいさ」
どうすればいいのかわからず戸惑っていると、彼はパッと頬杖を解いて私から視線を外す。まるで、もう興味はありませんとでも言うように。
もう、さんざん人をからかっておいて……。
「……わかりました。これにします」
「そのわかりましたはどっちのわかりましただ?」
「意味なんて考えずに好きなものを頼む、です!」
「くくっ……はっはっはっは!」
「笑わないでください!」
羞恥なのか怒りなのか、徐々に顔に熱が集まってくる。勢いにまかせて注文してしまったけれど、本当にこれでよかったのだろうか。
「ま、その気になったら教えてくれ」
「っ、なりません!」
「酔い潰れても構わんぞ。そのときは俺が責任を持って持ち帰ってやる」
「大丈夫です!」
彼との攻防はその後もしばらく続いていた。そのおかげか、いつの間にか緊張は解けていて、なんだかんだ楽しい時間を過ごせている。もしかして、わざとだったのかな。もしそうなら……。
「あの、ソテツさん」
「なんだ?」
「連れてきてくれて、ありがとうございます。お酒も美味しいし、このお店、気に入りました」
「そうか、そいつはよかったな」
きちんと向き直ってお礼を言えば、あたたかみのある橙色が優しげに細められる。そしてそれは、なぜだかじっと私を見つめたまま。
あれ……どうして、私……。
心なしか鼓動が速い気がする。重なる視線を外したくなくて、操られるように、吸い寄せられるように、じっと彼を見つめ返す。
「ソテツさん……」
無意識に彼の腕に触れたとき、その瞳が少しばかり驚いたように見開かれた。
色黒な肌と、耳たぶの下から首筋にかけてのラインがやけに色っぽく見えてしまう。自分が自分じゃないみたいに、ふわふわして、ドキドキして……。もしかして私、酔ってる……?
「どうした、大丈夫か?」
「はい……」
――おい、名前
少しずつ瞼が重たくなっていく中、すぐ近くで誰かが私の名を呼んだ。低くてやわらかい声。心地がよくて、ずっと、聴いていたい。
私がゆっくりと眠りに落ちていく頃、グラスの中では溶けかけた氷たちがカラン、と小さな音を立ててシェリーに沈んでいった――。
***
2月14日。夜。以前連れてきてもらったお店に、再び彼と訪れることになった。先ほど渡した本命チョコのお礼だと。
あのとき注文したお酒を、今もちゃんと覚えている。忘れられるはずがない。教えてもらった言葉の意味だって、何度も思い返しては心に刻み込んできた。今夜は、あの頃とは抱いている想いが違うのだ。
「……シェリーを、お願いします」
隣で私の注文を聞いていた彼に視線を送れば、意地悪な色気をまとった瞳に捕らわれる。
「いいのか? ま、後悔はさせない自信はあるが」
「後悔なんて、するわけないです」
「……最高の夜にしてやる」
耳に感じるその指先は熱くて。
まずは、この唇にとびきりの愛をください。
オレンジ色の照明が美しく、優雅なクラシックが流れる落ち着いた雰囲気の店内。いかにも「大人の隠れ家」のようなお洒落なバーに、違和感なくその存在を馴染ませるソテツさんと、慣れない場所に緊張して身を固くする私が不自然に肩を並べていた。
「お前、まだ緊張してるのか? そんなに身構えんでもいいだろ」
「や、だって、こんな所に来るの初めてですし……」
事の始まりは、公演が終わってスターレスを出た時だった。今日はオフだったらしいソテツさんがたまたまお店の前を歩いていて、「飲みに行くから暇なら付き合えよ、奢るから」と誘ってくれたのだ。てっきり気軽に行けそうな居酒屋さんかと思っていたから、私なんかがここにいるのは場違いな気がしてただただ気後れする。
「何にするか決まったか?」
「え、えっと……」
唯一安心したのは、お酒に疎い私にもやさしい仕様の写真付きのメニュー。ソテツさんに促され、写真と文字を見ながら飲めそうなものを探していく。
「あっ、これとかすっきりしてそう」
レモンやミントが入った透明なカクテルを指差せば、ソテツさんがこちらに身を寄せて一緒にメニューを覗き込む。
「そいつはシェリーとソーダなんかの炭酸飲料を混ぜたやつだ」
「シェリー?」
聞いたことのない名前に、私は思わず首を傾げた。シェリーって、なんだか可愛らしい名前。これにしようかなぁ。
意を決して店員さんに声を掛けようと顔を上げる。その時、「ちなみになんだが」とソテツさんが悪戯っぽく話を付け加えた。
「シェリーには『今夜一緒に寝てもいい』って意味があるらしいが……本当にいいのか?」
「!?」
さらりととんでもないことを教えられて、急に脳がパニックを起こす。
一緒に寝る!? えっ!?
「はっはっは! 本当に面白いな、お前」
「っ、からかったんですね!?」
「別にからかったつもりはないさ。俺はその意味通りになっても構わんからな」
ソテツさんは慌てる私を楽しそうに弄りつつ、片手で頬杖をついて優しげな瞳を向けてくる。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかわからない。本能が、この男は危険だと警鐘を鳴らしている気さえする。
「ま、いちいち意味を考えて飲むヤツなんて少ないだろ。好きなものを頼めばいいさ」
どうすればいいのかわからず戸惑っていると、彼はパッと頬杖を解いて私から視線を外す。まるで、もう興味はありませんとでも言うように。
もう、さんざん人をからかっておいて……。
「……わかりました。これにします」
「そのわかりましたはどっちのわかりましただ?」
「意味なんて考えずに好きなものを頼む、です!」
「くくっ……はっはっはっは!」
「笑わないでください!」
羞恥なのか怒りなのか、徐々に顔に熱が集まってくる。勢いにまかせて注文してしまったけれど、本当にこれでよかったのだろうか。
「ま、その気になったら教えてくれ」
「っ、なりません!」
「酔い潰れても構わんぞ。そのときは俺が責任を持って持ち帰ってやる」
「大丈夫です!」
彼との攻防はその後もしばらく続いていた。そのおかげか、いつの間にか緊張は解けていて、なんだかんだ楽しい時間を過ごせている。もしかして、わざとだったのかな。もしそうなら……。
「あの、ソテツさん」
「なんだ?」
「連れてきてくれて、ありがとうございます。お酒も美味しいし、このお店、気に入りました」
「そうか、そいつはよかったな」
きちんと向き直ってお礼を言えば、あたたかみのある橙色が優しげに細められる。そしてそれは、なぜだかじっと私を見つめたまま。
あれ……どうして、私……。
心なしか鼓動が速い気がする。重なる視線を外したくなくて、操られるように、吸い寄せられるように、じっと彼を見つめ返す。
「ソテツさん……」
無意識に彼の腕に触れたとき、その瞳が少しばかり驚いたように見開かれた。
色黒な肌と、耳たぶの下から首筋にかけてのラインがやけに色っぽく見えてしまう。自分が自分じゃないみたいに、ふわふわして、ドキドキして……。もしかして私、酔ってる……?
「どうした、大丈夫か?」
「はい……」
――おい、名前
少しずつ瞼が重たくなっていく中、すぐ近くで誰かが私の名を呼んだ。低くてやわらかい声。心地がよくて、ずっと、聴いていたい。
私がゆっくりと眠りに落ちていく頃、グラスの中では溶けかけた氷たちがカラン、と小さな音を立ててシェリーに沈んでいった――。
***
2月14日。夜。以前連れてきてもらったお店に、再び彼と訪れることになった。先ほど渡した本命チョコのお礼だと。
あのとき注文したお酒を、今もちゃんと覚えている。忘れられるはずがない。教えてもらった言葉の意味だって、何度も思い返しては心に刻み込んできた。今夜は、あの頃とは抱いている想いが違うのだ。
「……シェリーを、お願いします」
隣で私の注文を聞いていた彼に視線を送れば、意地悪な色気をまとった瞳に捕らわれる。
「いいのか? ま、後悔はさせない自信はあるが」
「後悔なんて、するわけないです」
「……最高の夜にしてやる」
耳に感じるその指先は熱くて。
まずは、この唇にとびきりの愛をください。
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