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瀞に棲む
もう、十年以上も「友人」をやってきた。
彼が新体操をしていたときも、プロレスラーだったときも、アイドルのライブに行くときも、料理人になったときも。
いろんな場所へ遊びにも行ったし、互いの家で寝泊まりすることもあった。ここ数年は彼が忙しそうで、そういうこともあまり頻繁ではなくなってきているけれど。それでも会わないなんてことはなかった。
やさしくて、あったかくて。彼の隣は、どんな場所よりも居心地がいい。このポジションから抜け出したくはないし、今のところ抜けるつもりもない。
彼は間違いなく特別な友人。
少なくとも、私にとっては。
彼が舞台に立つようになってからしばらくして、お店に通っている女の子のボディガードも始めたと聞いた。街中で二人が一緒に歩いているのを見かけたこともある。
とても可愛らしい女性だった。同性の私から見ても、清楚で、控えめで、守ってあげたくなるような。何より笑顔が素敵だった。
隣の彼も楽しそうに笑っていて、駅に向かうその姿を時々視界に入れながら、私も二人と同じスピードで歩いた。
何とも言えない気分だった。話しかける勇気もない。かと言って、見なかったふりをしてひとりで帰ることもできなかった。
二人が改札付近で別れたあと、不意にこちらを向いた彼と目が合った。なぜだかどきりとして、もっと早く目を逸らしていればよかったなんて、今までしたこともない後悔が胸に生まれた。
駆け寄ってきてくれた彼に、素敵な人だねって笑って見せた。そしたら、気づいてたなら遠慮しないで声かけてくれればよかったのにって。
いま思うと、上手く笑えていたかはわからない。笑えていたことを祈るしかない。
***
「近々新メニューを出すんだけど、うちでその試作をするから感想を聞かせてくれないかな」
時々訪れる試食のお誘い。二つ返事で了承して、慣れた足取りで彼の家にお邪魔する。玄関にはいつも私が使っているスリッパ。帰るときは、自分でこれを所定の場所に片付ける。
私が鞄を置く椅子、上着を掛けるハンガー、ゆったりと寛げる大きめのソファ。ずっと同じ場所。同じ景色。
いつまでここに来られるのかと、ふと考える。
彼に恋人ができるまで……?
もしくは、二人の友情が壊れるまで。
そんな瞬間は来てほしくないけれど、もし来るのであれば、その二つは同時であってほしい。同時なら、私は何の未練もなくこのポジションから抜け出せる。抜け出そうと思える。
でも、仮に友情が壊れることがあったら、それは彼にとっても悲しい出来事になってしまうかもしれない。それだけはどうにか避けたい。できれば、彼にはいつまでも心から笑っていてほしい。
「これと、これ。どっちが好きとか、お客としてお店で食べるならどっちがいいとかあったら教えて」
並べられた料理はどちらも見映えが良くて美味しそう。どっちが好きかなんて、食べなくても答えは出る。彼が作ったものだもの。どっちも好きに決まってる。
「……うん、両方ともすごく美味しい! お店で食べるなら……うーん……」
「決められないくらい、二つとも気に入ってくれた?」
「うん!」
「はは、そりゃよかった」
穏やかなその笑顔に安心感を覚える。この深い温もりに、ずっとずっと、沈んでいたい。
「あ、そういえばさっき雨が降り出したみたいなんだけど、今日はこのまま泊まっていくかい?」
「え、いいの?」
「もちろん。……あぁ、そしたらもう一品作ろうかなぁ。食べてくれる?」
「喜んで!」
雨が止まなければいい。
ずっと降り続いて、川になって流れていっても。
たとえ端っこだとしても、ゆるやかな淵に居られるならそれでいい。やさしくてあったかいこの場所に、あなたが許すかぎり。
もう、十年以上も「友人」をやってきた。
彼が新体操をしていたときも、プロレスラーだったときも、アイドルのライブに行くときも、料理人になったときも。
いろんな場所へ遊びにも行ったし、互いの家で寝泊まりすることもあった。ここ数年は彼が忙しそうで、そういうこともあまり頻繁ではなくなってきているけれど。それでも会わないなんてことはなかった。
やさしくて、あったかくて。彼の隣は、どんな場所よりも居心地がいい。このポジションから抜け出したくはないし、今のところ抜けるつもりもない。
彼は間違いなく特別な友人。
少なくとも、私にとっては。
彼が舞台に立つようになってからしばらくして、お店に通っている女の子のボディガードも始めたと聞いた。街中で二人が一緒に歩いているのを見かけたこともある。
とても可愛らしい女性だった。同性の私から見ても、清楚で、控えめで、守ってあげたくなるような。何より笑顔が素敵だった。
隣の彼も楽しそうに笑っていて、駅に向かうその姿を時々視界に入れながら、私も二人と同じスピードで歩いた。
何とも言えない気分だった。話しかける勇気もない。かと言って、見なかったふりをしてひとりで帰ることもできなかった。
二人が改札付近で別れたあと、不意にこちらを向いた彼と目が合った。なぜだかどきりとして、もっと早く目を逸らしていればよかったなんて、今までしたこともない後悔が胸に生まれた。
駆け寄ってきてくれた彼に、素敵な人だねって笑って見せた。そしたら、気づいてたなら遠慮しないで声かけてくれればよかったのにって。
いま思うと、上手く笑えていたかはわからない。笑えていたことを祈るしかない。
***
「近々新メニューを出すんだけど、うちでその試作をするから感想を聞かせてくれないかな」
時々訪れる試食のお誘い。二つ返事で了承して、慣れた足取りで彼の家にお邪魔する。玄関にはいつも私が使っているスリッパ。帰るときは、自分でこれを所定の場所に片付ける。
私が鞄を置く椅子、上着を掛けるハンガー、ゆったりと寛げる大きめのソファ。ずっと同じ場所。同じ景色。
いつまでここに来られるのかと、ふと考える。
彼に恋人ができるまで……?
もしくは、二人の友情が壊れるまで。
そんな瞬間は来てほしくないけれど、もし来るのであれば、その二つは同時であってほしい。同時なら、私は何の未練もなくこのポジションから抜け出せる。抜け出そうと思える。
でも、仮に友情が壊れることがあったら、それは彼にとっても悲しい出来事になってしまうかもしれない。それだけはどうにか避けたい。できれば、彼にはいつまでも心から笑っていてほしい。
「これと、これ。どっちが好きとか、お客としてお店で食べるならどっちがいいとかあったら教えて」
並べられた料理はどちらも見映えが良くて美味しそう。どっちが好きかなんて、食べなくても答えは出る。彼が作ったものだもの。どっちも好きに決まってる。
「……うん、両方ともすごく美味しい! お店で食べるなら……うーん……」
「決められないくらい、二つとも気に入ってくれた?」
「うん!」
「はは、そりゃよかった」
穏やかなその笑顔に安心感を覚える。この深い温もりに、ずっとずっと、沈んでいたい。
「あ、そういえばさっき雨が降り出したみたいなんだけど、今日はこのまま泊まっていくかい?」
「え、いいの?」
「もちろん。……あぁ、そしたらもう一品作ろうかなぁ。食べてくれる?」
「喜んで!」
雨が止まなければいい。
ずっと降り続いて、川になって流れていっても。
たとえ端っこだとしても、ゆるやかな淵に居られるならそれでいい。やさしくてあったかいこの場所に、あなたが許すかぎり。
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