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アラウンド・ザ・ワールド
「なぁなぁ、ねぇちゃんの好きなタイプってどんなん?」
右側から寄せられる声は明るい。
スターレスから馴染みの店に移動した私を追いかけてきた藍は、カウンターの向こうから送られる、マスターのさりげなく窺うような視線にはこれっぽっちも見向きもしない。
まだ数回しか会っていない人間のどこがそんなに気に入ったのだろう。隣で肘をつきながら、まんまるの瞳が楽しそうに私だけを見つめる。
「年上の、落ち着いてる人」
注文したカクテルを迎えながらそう答えれば、藍は思案するように腕を組んで「年上か〜」と首を捻る。
「うちの店で言ったら〜……シンとか?」
「うーん……シンも素敵だけど、もうちょっと上がいいかなぁ」
神秘的な翡翠色を少し傾け、爽やかな甘酸っぱさを舌の上に馴染ませる。ミントとパイナップルの調和が絶妙で、初めて注文したけれど、これは癖になるかもしれない。
好きなタイプを聞かれたのは久しぶりだ。あからさまに藍とは正反対みたいなことを言ってしまったけれど、本人はショックを受けるとか、そういった素振りは一切見せない。本当に気にしていないのか、気にしていないと思わせるのが上手いのか。
別に、彼をあしらおうとしたわけではなかった。本当に、ただ理想のタイプを答えただけ。それなのに、変に罪悪感のようなものが胸の内を占拠しているのはどうしてだろう。
グラスのフット部分を指先でなぞりながら、不透明にも光を宿した翡翠にそっと視線を落とす。すると、意外な所にヒントを見つけたかのように、あ、と拍子抜けした声がすぐそばにこぼされた。
「もしかして羽瀬山のおっちゃんとか……」
「羽瀬山さん? って、確かオーナーさんだっけ。あの人はちょっと違うかな」
「なんや、よかったー。あれがタイプとか言ったら、今すぐおっちゃん家に焼き討ちしに行くとこやった」
けろりと人懐っこい笑みを浮かべておいて、なかなか物騒なことを言う。焼き討ちなんて冗談だろうけど、目が笑っていないように見えるのは、私の気のせいだろうか。
「なぁなぁ、ホントにオレじゃダメ?」
「ん〜」
「ちょっとくらい冒険してみてもいいやろ?」
前回スターレスに行ったときから受けている、何度めかの積極的なアプローチ。私なんかを追ってきてくれるのは嬉しいし、気持ちはとてもありがたい。けれど、やっぱり理想とは違うからか、どうしても身を引いてしまう感覚が残っている。
私の好みは昔から変わらない。年上の、包容力がある落ち着いた男性。藍のような、元気いっぱいの可愛らしい見た目をした男の子を好きになった過去はない。
――でも。だけど。
懐くように絡め取られた右手を振り払えないのは。好意を向けられて嫌な気持ちにならないのは。私自身も知らない私が、喜びに似た何かを感じてしまっているからだろうか。
「これ、営業やと思ってる?」
ふと、脳裏に過ったことのある可能性が彼の口から紡がれる。私は戸惑いながらも頷いて、低くなったその声におそるおそる顔を上げる。
「残念でした! これは営業やなくて、マジでアンタを狙ってんの」
瑞々しい笑顔が甘く弾ける。どこか深みのある、ほんのりと危険な香りを漂わせて。
「これ、食べていい?」
飾りのミントチェリーを指差して、藍は大人びた表情で目を細める。
「別にいいけど……」
「よっしゃ! そんじゃ、ねぇちゃんが食べさせて」
あ、と開かれた唇から、ずらりと尖った歯が覗いた。咬まれたら、きっと一溜まりもない。
左手でグラスからチェリーを外し、鼓動が速まるのを感じながらそれを彼の口元に運ぶ。素直に言うことを聞くつもりはなかったのに、いつの間にか彼のペースに呑まれている。
チェリーをつまむ指先が、ほんの少し藍の唇に触れた。ころり。緑色の実が彼の中に落ちて、捕まったままだった右手が持ち上げられる。
あ、咬まれる。そう思って痛みを覚悟した瞬間、第二関節の辺りに、ふに、と柔らかな感触が押し当てられた。
「っ、何して」
「ん〜、ねぇちゃんのほうがうまそーやなって」
スピードを上げるこの心音が何を示しているかなんて、可能性がありすぎて一つに定めることはできない。けれど、知らない世界に踏み込みそうになっている自分が、今、確かにここにいる。
翡翠に秘められた言葉は冒険。甘い毒が指に喰い込む様を、ほんの一滴分、淡い熱と共に享受してみてもいいだろうか。
「なぁなぁ、ねぇちゃんの好きなタイプってどんなん?」
右側から寄せられる声は明るい。
スターレスから馴染みの店に移動した私を追いかけてきた藍は、カウンターの向こうから送られる、マスターのさりげなく窺うような視線にはこれっぽっちも見向きもしない。
まだ数回しか会っていない人間のどこがそんなに気に入ったのだろう。隣で肘をつきながら、まんまるの瞳が楽しそうに私だけを見つめる。
「年上の、落ち着いてる人」
注文したカクテルを迎えながらそう答えれば、藍は思案するように腕を組んで「年上か〜」と首を捻る。
「うちの店で言ったら〜……シンとか?」
「うーん……シンも素敵だけど、もうちょっと上がいいかなぁ」
神秘的な翡翠色を少し傾け、爽やかな甘酸っぱさを舌の上に馴染ませる。ミントとパイナップルの調和が絶妙で、初めて注文したけれど、これは癖になるかもしれない。
好きなタイプを聞かれたのは久しぶりだ。あからさまに藍とは正反対みたいなことを言ってしまったけれど、本人はショックを受けるとか、そういった素振りは一切見せない。本当に気にしていないのか、気にしていないと思わせるのが上手いのか。
別に、彼をあしらおうとしたわけではなかった。本当に、ただ理想のタイプを答えただけ。それなのに、変に罪悪感のようなものが胸の内を占拠しているのはどうしてだろう。
グラスのフット部分を指先でなぞりながら、不透明にも光を宿した翡翠にそっと視線を落とす。すると、意外な所にヒントを見つけたかのように、あ、と拍子抜けした声がすぐそばにこぼされた。
「もしかして羽瀬山のおっちゃんとか……」
「羽瀬山さん? って、確かオーナーさんだっけ。あの人はちょっと違うかな」
「なんや、よかったー。あれがタイプとか言ったら、今すぐおっちゃん家に焼き討ちしに行くとこやった」
けろりと人懐っこい笑みを浮かべておいて、なかなか物騒なことを言う。焼き討ちなんて冗談だろうけど、目が笑っていないように見えるのは、私の気のせいだろうか。
「なぁなぁ、ホントにオレじゃダメ?」
「ん〜」
「ちょっとくらい冒険してみてもいいやろ?」
前回スターレスに行ったときから受けている、何度めかの積極的なアプローチ。私なんかを追ってきてくれるのは嬉しいし、気持ちはとてもありがたい。けれど、やっぱり理想とは違うからか、どうしても身を引いてしまう感覚が残っている。
私の好みは昔から変わらない。年上の、包容力がある落ち着いた男性。藍のような、元気いっぱいの可愛らしい見た目をした男の子を好きになった過去はない。
――でも。だけど。
懐くように絡め取られた右手を振り払えないのは。好意を向けられて嫌な気持ちにならないのは。私自身も知らない私が、喜びに似た何かを感じてしまっているからだろうか。
「これ、営業やと思ってる?」
ふと、脳裏に過ったことのある可能性が彼の口から紡がれる。私は戸惑いながらも頷いて、低くなったその声におそるおそる顔を上げる。
「残念でした! これは営業やなくて、マジでアンタを狙ってんの」
瑞々しい笑顔が甘く弾ける。どこか深みのある、ほんのりと危険な香りを漂わせて。
「これ、食べていい?」
飾りのミントチェリーを指差して、藍は大人びた表情で目を細める。
「別にいいけど……」
「よっしゃ! そんじゃ、ねぇちゃんが食べさせて」
あ、と開かれた唇から、ずらりと尖った歯が覗いた。咬まれたら、きっと一溜まりもない。
左手でグラスからチェリーを外し、鼓動が速まるのを感じながらそれを彼の口元に運ぶ。素直に言うことを聞くつもりはなかったのに、いつの間にか彼のペースに呑まれている。
チェリーをつまむ指先が、ほんの少し藍の唇に触れた。ころり。緑色の実が彼の中に落ちて、捕まったままだった右手が持ち上げられる。
あ、咬まれる。そう思って痛みを覚悟した瞬間、第二関節の辺りに、ふに、と柔らかな感触が押し当てられた。
「っ、何して」
「ん〜、ねぇちゃんのほうがうまそーやなって」
スピードを上げるこの心音が何を示しているかなんて、可能性がありすぎて一つに定めることはできない。けれど、知らない世界に踏み込みそうになっている自分が、今、確かにここにいる。
翡翠に秘められた言葉は冒険。甘い毒が指に喰い込む様を、ほんの一滴分、淡い熱と共に享受してみてもいいだろうか。
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