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ミズキとの関係が変わった夜
前のお話:ミズキとの関係に悩む夜
朝の支度をする時。洗濯物を畳んで片づける時。お風呂に入ろうと着替えを取りに行く時。ただ箪笥の前を通る時。毎回、自分の部屋着の隣に並べてある黒いスウェットに目が留まる。ミズキがうちに来るようになってしばらくしてから置き始めたそれ。最後に洗濯したのは、確かハロウィンの日の朝だった。
世間はすでにクリスマスの雰囲気で賑わっている。自分の部屋にはそんな行事を楽しむグッズはないけれど、一週間ほど前にエアコンの暖房をつけ始めたことで、季節の移り変わりはなんとなく肌で感じている。寝るときに湯たんぽを用意するようになったのも、それとほぼ同時期だ。
ベッドの中で冷たい足を温めてくれていた人は、もう一ヶ月以上その姿を見せていない。
一週間、二週間、三週間。一人きりの夜にだんだん慣れていってしまう自分が、薄情で、不思議で。彼にとって私はもう用済みなのだと、この冷えた肌が悟ってしまう。
時刻は夜の十一時半。湯たんぽに使うお湯を沸かそうとやかんを手に取る。そのとき、静かな室内にインターホンの音が鳴り響いた。
「……ミズキ?」
ほぼ無意識に呟いた名前にハッとする。こんな時間に訪ねてくる人なんて、彼以外に知らない。
駆け足気味に玄関まで行き、ドアスコープを覗く。すると、鼻から下をネックウォーマーに埋めて、寒そうに睫毛を伏せている彼がそこに居た。
どくんと、心臓が大きく脈打つ。鍵に触れた指が一瞬止まり、けれどもすぐにその施錠を解いてドアノブを掴む。失いかけていた笑顔を、なるべく自然に見えるように準備して。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
「おう。……入っていーか?」
「いいけど……どうしたの、いつも自分ん家みたいに入ってたじゃん」
中に入って玄関のドアを閉めたミズキが、私が何も言わずとも自ら鍵を掛けてくれる。これまでの習慣が彼の中に残っていることに、少なからず安堵する気持ちが広がった。
「寒かったでしょ。お風呂入る? あ、お湯抜いちゃったんだった。シャワーで平気? 湯船に浸かりたかったらお湯張っていいからね」
矢継ぎ早に話しかける私に、彼は何か言いたそうに口を開いたあと、小さな声で「シャワーでいい」と呟いた。覇気がない、沈んだようなその声。明らかに今までの彼とは様子が違うのに、私はそのことから目を逸らしていた。
久しぶりに顔が見られて浮かれているのかもしれない。私はいそいそと黒いスウェットを取りに行き、彼が待つ脱衣所へと踵を返した。
***
ものの数分で出てきた彼をソファに座らせ、後ろからドライヤーで髪を乾かしてあげる。これも私たちの習慣の一つ。私が何も言わなければ濡れた髪のままその辺を歩くし、言ってもメンドくせーとやろうとしない。やってあげるから座っててと言えば黙って座る、そんな彼を可愛いと思っているのは、今も私が大事にしている愛しい秘密だ。
「やっぱり、それはミズキが着るべきだよ」
「あ?」
「なんでもないよ」
はい終わり。とスイッチを切って、自分と同じ香りがする髪をふわふわと撫でる。ガキ扱いすんじゃねーなんて声には答えないまま、私は自分の髪を梳いて寝る準備を整えた。
「私もう寝るけど、ミズキはどうする? まだ起きてる?」
「……寝る」
「ん。じゃあ行こ」
以前と同じように、連れ立って寝室に向かう。後ろを歩く彼の足取りは重そうだけど、ここでも私は気づかないフリをした。いま彼の思考に触れてしまったら、何かが変わってしまう。そんな気がしたから。
ベッドの前まで来て、はたと思い出す。そういえば、お湯を沸かそうとしてたんだった。空の湯たんぽをキッチンに置いたままだと気づいて、ちょっと待っててとその場を離れようとする。そのとき、すれ違いざまに「なぁ、」と低い声で呼び止められた。
「……なに?」
「今さらこんなこと言うのも、あれなんだけどよ……」
間接照明だけがその場を照らす中、彼のオレンジ色がやけに濃く浮かび上がる。
「お前、イヤじゃねーの」
「え?」
「オレがここに来んの」
ステージでは他者を寄せ付けまいと鋭く尖っている眼光が、今はどこか淋しげな色に揺れている。
うちにミズキが来るのが嫌? 私が? そんなこと、一度も思ったことはない。むしろ、私は――
「ミズキ、自分の寝言って覚えてる?」
「寝言?」
「前に、どこにも行くなよって言ってた。誰に向けた言葉なのかはわからないけど」
私の話を聞いて、彼がかすかに息をのむ。
「私は、ミズキがここに来なくなるほうが嫌だと思ってる」
「……」
「ひとりで寝るのも寂しくて……これって、恋だと思う……?」
「……ンなこと、オレだってわかんねーよ……」
引かれるようなことを言ってしまっただろうか。目の前の彼は眉間に皺を寄せて、今にも泣き出してしまいそうな、困っているような、それでいて怒っているような、複雑な表情を見せる。思わずその頬に手を伸ばしかけたけれど、私の中の何かが邪魔をしたせいで、それは叶わなかった。
「……そーゆー顔すんの、やめろ」
「そういう顔って?」
「っ、わかんねーけど、なんか見てっとムズムズすんだよ」
「ふふっ……何それ」
「だから、やめろって」
言葉とは裏腹に、一歩、彼の足が私に近づく。互いの視線が重なり、強い光を取り戻した瞳に捕らわれて、息をするのも忘れそうになる。
確かめるように触れ合った手が熱い。腕が、背中が、頬が、熱い。吐息が混ざる距離って、こんなに近いんだ。何度も抱きしめ合って眠っていたのに、ぜんぜん知らなかった。こんなにも近いと、いろいろと抑えられなくなってしまう。
「キス、してもいい?」
「……わざわざ聞くのかよ」
「うん、一応」
「聞くんじゃねーよ、バカ」
保っていた均衡を崩したのは一体どちらだろう。ひと月も姿を見せなかった彼か、あふれた想いを言葉にしてしまった私か。そもそも、最初から均衡なんて保たれていなかったのかもしれない。
「好き」
「おー」
「ミズキは?」
「……好きだっつの」
「ふふ」
何事も時間が経てば移り変わる。私たちの関係も、そのうちまた違うものになるときが来るのだろう。そのときまで、あとどれくらいの時間を要するかはわからない。でも、今はこれでいい。これがいい。素直に好きだと言える関係を、できるだけ永く。
「足、冷たいからちゃんとあっためてね」
「おう、任せろ」
キッチンで私を待っている小さな湯たんぽ。空のままのそれは、もうしばらく出番が来ることはなさそうだ。
前のお話:ミズキとの関係に悩む夜
朝の支度をする時。洗濯物を畳んで片づける時。お風呂に入ろうと着替えを取りに行く時。ただ箪笥の前を通る時。毎回、自分の部屋着の隣に並べてある黒いスウェットに目が留まる。ミズキがうちに来るようになってしばらくしてから置き始めたそれ。最後に洗濯したのは、確かハロウィンの日の朝だった。
世間はすでにクリスマスの雰囲気で賑わっている。自分の部屋にはそんな行事を楽しむグッズはないけれど、一週間ほど前にエアコンの暖房をつけ始めたことで、季節の移り変わりはなんとなく肌で感じている。寝るときに湯たんぽを用意するようになったのも、それとほぼ同時期だ。
ベッドの中で冷たい足を温めてくれていた人は、もう一ヶ月以上その姿を見せていない。
一週間、二週間、三週間。一人きりの夜にだんだん慣れていってしまう自分が、薄情で、不思議で。彼にとって私はもう用済みなのだと、この冷えた肌が悟ってしまう。
時刻は夜の十一時半。湯たんぽに使うお湯を沸かそうとやかんを手に取る。そのとき、静かな室内にインターホンの音が鳴り響いた。
「……ミズキ?」
ほぼ無意識に呟いた名前にハッとする。こんな時間に訪ねてくる人なんて、彼以外に知らない。
駆け足気味に玄関まで行き、ドアスコープを覗く。すると、鼻から下をネックウォーマーに埋めて、寒そうに睫毛を伏せている彼がそこに居た。
どくんと、心臓が大きく脈打つ。鍵に触れた指が一瞬止まり、けれどもすぐにその施錠を解いてドアノブを掴む。失いかけていた笑顔を、なるべく自然に見えるように準備して。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
「おう。……入っていーか?」
「いいけど……どうしたの、いつも自分ん家みたいに入ってたじゃん」
中に入って玄関のドアを閉めたミズキが、私が何も言わずとも自ら鍵を掛けてくれる。これまでの習慣が彼の中に残っていることに、少なからず安堵する気持ちが広がった。
「寒かったでしょ。お風呂入る? あ、お湯抜いちゃったんだった。シャワーで平気? 湯船に浸かりたかったらお湯張っていいからね」
矢継ぎ早に話しかける私に、彼は何か言いたそうに口を開いたあと、小さな声で「シャワーでいい」と呟いた。覇気がない、沈んだようなその声。明らかに今までの彼とは様子が違うのに、私はそのことから目を逸らしていた。
久しぶりに顔が見られて浮かれているのかもしれない。私はいそいそと黒いスウェットを取りに行き、彼が待つ脱衣所へと踵を返した。
***
ものの数分で出てきた彼をソファに座らせ、後ろからドライヤーで髪を乾かしてあげる。これも私たちの習慣の一つ。私が何も言わなければ濡れた髪のままその辺を歩くし、言ってもメンドくせーとやろうとしない。やってあげるから座っててと言えば黙って座る、そんな彼を可愛いと思っているのは、今も私が大事にしている愛しい秘密だ。
「やっぱり、それはミズキが着るべきだよ」
「あ?」
「なんでもないよ」
はい終わり。とスイッチを切って、自分と同じ香りがする髪をふわふわと撫でる。ガキ扱いすんじゃねーなんて声には答えないまま、私は自分の髪を梳いて寝る準備を整えた。
「私もう寝るけど、ミズキはどうする? まだ起きてる?」
「……寝る」
「ん。じゃあ行こ」
以前と同じように、連れ立って寝室に向かう。後ろを歩く彼の足取りは重そうだけど、ここでも私は気づかないフリをした。いま彼の思考に触れてしまったら、何かが変わってしまう。そんな気がしたから。
ベッドの前まで来て、はたと思い出す。そういえば、お湯を沸かそうとしてたんだった。空の湯たんぽをキッチンに置いたままだと気づいて、ちょっと待っててとその場を離れようとする。そのとき、すれ違いざまに「なぁ、」と低い声で呼び止められた。
「……なに?」
「今さらこんなこと言うのも、あれなんだけどよ……」
間接照明だけがその場を照らす中、彼のオレンジ色がやけに濃く浮かび上がる。
「お前、イヤじゃねーの」
「え?」
「オレがここに来んの」
ステージでは他者を寄せ付けまいと鋭く尖っている眼光が、今はどこか淋しげな色に揺れている。
うちにミズキが来るのが嫌? 私が? そんなこと、一度も思ったことはない。むしろ、私は――
「ミズキ、自分の寝言って覚えてる?」
「寝言?」
「前に、どこにも行くなよって言ってた。誰に向けた言葉なのかはわからないけど」
私の話を聞いて、彼がかすかに息をのむ。
「私は、ミズキがここに来なくなるほうが嫌だと思ってる」
「……」
「ひとりで寝るのも寂しくて……これって、恋だと思う……?」
「……ンなこと、オレだってわかんねーよ……」
引かれるようなことを言ってしまっただろうか。目の前の彼は眉間に皺を寄せて、今にも泣き出してしまいそうな、困っているような、それでいて怒っているような、複雑な表情を見せる。思わずその頬に手を伸ばしかけたけれど、私の中の何かが邪魔をしたせいで、それは叶わなかった。
「……そーゆー顔すんの、やめろ」
「そういう顔って?」
「っ、わかんねーけど、なんか見てっとムズムズすんだよ」
「ふふっ……何それ」
「だから、やめろって」
言葉とは裏腹に、一歩、彼の足が私に近づく。互いの視線が重なり、強い光を取り戻した瞳に捕らわれて、息をするのも忘れそうになる。
確かめるように触れ合った手が熱い。腕が、背中が、頬が、熱い。吐息が混ざる距離って、こんなに近いんだ。何度も抱きしめ合って眠っていたのに、ぜんぜん知らなかった。こんなにも近いと、いろいろと抑えられなくなってしまう。
「キス、してもいい?」
「……わざわざ聞くのかよ」
「うん、一応」
「聞くんじゃねーよ、バカ」
保っていた均衡を崩したのは一体どちらだろう。ひと月も姿を見せなかった彼か、あふれた想いを言葉にしてしまった私か。そもそも、最初から均衡なんて保たれていなかったのかもしれない。
「好き」
「おー」
「ミズキは?」
「……好きだっつの」
「ふふ」
何事も時間が経てば移り変わる。私たちの関係も、そのうちまた違うものになるときが来るのだろう。そのときまで、あとどれくらいの時間を要するかはわからない。でも、今はこれでいい。これがいい。素直に好きだと言える関係を、できるだけ永く。
「足、冷たいからちゃんとあっためてね」
「おう、任せろ」
キッチンで私を待っている小さな湯たんぽ。空のままのそれは、もうしばらく出番が来ることはなさそうだ。
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