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稀なる月夜に溶かした想い
お客さんがいなくなった公演後のフロア。忘れ物に気づいた私がそこに戻ると、カウンターでひとり後片付けをしているシンさんが目に入った。
「お疲れ様です。シンさんだけなんですね」
忘れ物を無事回収し、ホール内を見渡しながらそう声をかける。シンさんはちらりと視線をよこし、少し間を空けてから静かに口を開いた。
「何か飲むか」
「え、でも、まだお片付けの途中じゃ……」
「問題ない。初めにオーダーした一杯しか飲んでいなかっただろう」
そう言われ、開演前に自分が注文したものを思い返す。確かに、飲み物はおすすめされたハーブティーしか頼んでいない。公演後は余韻に浸っていて、後から何かを注文することさえ忘れていた。
シンさんは手を止めたまま私の返事を待っている。その姿に、私は断る理由もないし、と素直に厚意を受け取ることにした。
「それじゃ、ちょっとだけ」
目の前の席に腰かけると、「何がいい」とメニュー表を渡される。カクテルの名前なのだろう。文字がずらりと並んでいるけれど、正直、どれがどういうお酒なのかわからない。
「えっと……お酒の種類とか、あまり詳しくなくて」
「……そうか」
なら、少し待っていろ。そう言うと、シンさんは手際よくグラスとシェーカーを取り出した。二種類のお酒と、おそらくレモンジュース。それらをシェーカーに注ぎ、最後に氷をいくつか入れる。そして蓋をきゅっと閉めると、丁寧に、それでいて大胆に振り始めた。
わぁ、格好良い……。
迫力の中にも繊細さが感じられ、一つ一つの動きが優雅で美しく、つい我を忘れてじっとその所作に見惚れてしまう。
やがてそっと腕が下ろされ、目の前に置かれたグラスに薄い青紫色の液体が注がれた。
「ブルームーンだ」
「ブルームーン……」
スッと差し出されたそれは、静かで、魅惑的で、なんとなくシンさんを連想させるようなミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
「なんだかこの色、シンさんの髪色と似てますね。すごく綺麗です」
カクテルとシンさんの髪を見比べながらそう言うと、不意に彼の右手が伸びてきて、そのままやさしく私の左頬に添えられる。シェーカーを持っていたせいか、その大きな掌は少しだけひんやりとしている。
「お前は、どちらだ」
「どちら……?」
何のことかわからず、じっとシンさんの瞳を見つめる。何かの術にかかったかのように動けなくて、でも、不思議とそれが嫌ではなかった。
彼の名を呼ぼうと口を開きかけ、そこでふっと空気が緩んだ。頬に触れていた温度が、わずかな名残惜しさを残して離れていく。
「お前が、自ら青い月を望む時――」
「?」
「その時は、お前に幸福が訪れていることを願おう」
いつものようにフッと短く笑った後、シンさんは何事もなかったかのように片付けを再開させる。
今のは、シン語……?
わかるような、わからないような。曖昧な感覚に胸がざわめくのを感じながら、私は彼の色に満ちたグラスにそっと口をつけた。
お客さんがいなくなった公演後のフロア。忘れ物に気づいた私がそこに戻ると、カウンターでひとり後片付けをしているシンさんが目に入った。
「お疲れ様です。シンさんだけなんですね」
忘れ物を無事回収し、ホール内を見渡しながらそう声をかける。シンさんはちらりと視線をよこし、少し間を空けてから静かに口を開いた。
「何か飲むか」
「え、でも、まだお片付けの途中じゃ……」
「問題ない。初めにオーダーした一杯しか飲んでいなかっただろう」
そう言われ、開演前に自分が注文したものを思い返す。確かに、飲み物はおすすめされたハーブティーしか頼んでいない。公演後は余韻に浸っていて、後から何かを注文することさえ忘れていた。
シンさんは手を止めたまま私の返事を待っている。その姿に、私は断る理由もないし、と素直に厚意を受け取ることにした。
「それじゃ、ちょっとだけ」
目の前の席に腰かけると、「何がいい」とメニュー表を渡される。カクテルの名前なのだろう。文字がずらりと並んでいるけれど、正直、どれがどういうお酒なのかわからない。
「えっと……お酒の種類とか、あまり詳しくなくて」
「……そうか」
なら、少し待っていろ。そう言うと、シンさんは手際よくグラスとシェーカーを取り出した。二種類のお酒と、おそらくレモンジュース。それらをシェーカーに注ぎ、最後に氷をいくつか入れる。そして蓋をきゅっと閉めると、丁寧に、それでいて大胆に振り始めた。
わぁ、格好良い……。
迫力の中にも繊細さが感じられ、一つ一つの動きが優雅で美しく、つい我を忘れてじっとその所作に見惚れてしまう。
やがてそっと腕が下ろされ、目の前に置かれたグラスに薄い青紫色の液体が注がれた。
「ブルームーンだ」
「ブルームーン……」
スッと差し出されたそれは、静かで、魅惑的で、なんとなくシンさんを連想させるようなミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
「なんだかこの色、シンさんの髪色と似てますね。すごく綺麗です」
カクテルとシンさんの髪を見比べながらそう言うと、不意に彼の右手が伸びてきて、そのままやさしく私の左頬に添えられる。シェーカーを持っていたせいか、その大きな掌は少しだけひんやりとしている。
「お前は、どちらだ」
「どちら……?」
何のことかわからず、じっとシンさんの瞳を見つめる。何かの術にかかったかのように動けなくて、でも、不思議とそれが嫌ではなかった。
彼の名を呼ぼうと口を開きかけ、そこでふっと空気が緩んだ。頬に触れていた温度が、わずかな名残惜しさを残して離れていく。
「お前が、自ら青い月を望む時――」
「?」
「その時は、お前に幸福が訪れていることを願おう」
いつものようにフッと短く笑った後、シンさんは何事もなかったかのように片付けを再開させる。
今のは、シン語……?
わかるような、わからないような。曖昧な感覚に胸がざわめくのを感じながら、私は彼の色に満ちたグラスにそっと口をつけた。
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