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Chatoyancy
指切りなんて無意味なこと、いったい誰が始めたんだろう。
「オレ、しばらくの間お出掛けすることになっちゃったから」
「は? どういうこと?」
「ん〜、いわゆるオトナのジジョーってやつ?」
まったく説明する気のないその口振り。普段からこうだと言われてしまえば反論はできないけれど、今回はそれに輪を掛けて曖昧な回答しか返ってこない。
どうして? どこに行くの? 遠距離になるってこと?
聞きたいことはたくさんあるのに、どれもこれも聞いてはいけない気がして言葉に詰まる。
「……いつ、帰ってくるの?」
「さぁ、オレにもわかんないんだよねェ」
でもほら、猫には帰巣本能があるって言うし。
そうやって絶妙に話題をすり替えていくのは彼の得意分野。たとえ手の内を知っていても、私はその全てを暴く術を持ち合わせてはいない。
黙り込んだ私の手に触れ、容易く小指を絡め取りながら彼は続けた。
「いつかは帰ってくるよ」
***
そんなの、嘘じゃないか。
あれから彼が来なくなった部屋は抜け殻のように空しくなった。二人分の食器を並べていたテーブル。狭いのに身を寄せ合って座っていたソファ。何を見ても、面影だけはそこに残っているのに。
あのとき絡めた小指がかすかに震える。自分の手を見つめるたびに胸が痛くて、いっそのこと本当に切った指をもらっておけばよかったなんて、危うい思考が何度も脳を過った。
「指切りなんて、意味ないのに……」
彼がいなくなってから約二年半。それまで通い続けていたショーレストランに、私は今も足を運べていない。
***
初めて移転後のスターレスを目にしたとき、無性に涙が出そうで仕方がなかった。店先を飾る看板が、記憶の中のそれとまったく同じものだったから。
「え〜っと。ただいまって、言えばいいのかな」
「……ばか」
「酷いなァ。約束は守ったデショ?」
私が今日ここに来た理由はたった一つ。変わらずスターレスに通い続けている友人から「あいつが帰ってきた」と報せをもらったからだ。
果たして、前のお店より広くて綺麗なホールに、そいつは居た。真新しいスタッフの衣装を着て、前と変わらない胡散臭い笑みを浮かべて。
なんなの、連絡もしないで。いつ戻ってきたの。また、ここで働くの……?
涙のせいでぼやけた視界に薄色の影が近づく。あの時と同じように指先をすくわれたかと思えば、今度は腰にも手が添えられる。端から見れば、キャストとただの一般客のやり取りだ。
「スターレスへようこそ」
「他に言うことないの?」
「……今夜、部屋に行っていい?」
私にしか届かないくらいの囁き声。返事なんて、聞かなくてもわかってるくせに。
「絶対に来て」
今度は私から小指を絡める。二年半の痛みを返すように、強く、固く。
「それじゃ、弟のチームの公演、楽しんで」
そう言って横に捌けていく姿を目で追いかける。せっかく来たのだからきちんとショーも楽しみたい。でも、どうしたってこの瞳は彼を捉えて離せない。
暗転するホールの一角。みんなの視線がステージへと向かう中、暗闇に浮かぶ二つの光だけがじっとこちらを見つめていた。
指切りなんて無意味なこと、いったい誰が始めたんだろう。
「オレ、しばらくの間お出掛けすることになっちゃったから」
「は? どういうこと?」
「ん〜、いわゆるオトナのジジョーってやつ?」
まったく説明する気のないその口振り。普段からこうだと言われてしまえば反論はできないけれど、今回はそれに輪を掛けて曖昧な回答しか返ってこない。
どうして? どこに行くの? 遠距離になるってこと?
聞きたいことはたくさんあるのに、どれもこれも聞いてはいけない気がして言葉に詰まる。
「……いつ、帰ってくるの?」
「さぁ、オレにもわかんないんだよねェ」
でもほら、猫には帰巣本能があるって言うし。
そうやって絶妙に話題をすり替えていくのは彼の得意分野。たとえ手の内を知っていても、私はその全てを暴く術を持ち合わせてはいない。
黙り込んだ私の手に触れ、容易く小指を絡め取りながら彼は続けた。
「いつかは帰ってくるよ」
***
そんなの、嘘じゃないか。
あれから彼が来なくなった部屋は抜け殻のように空しくなった。二人分の食器を並べていたテーブル。狭いのに身を寄せ合って座っていたソファ。何を見ても、面影だけはそこに残っているのに。
あのとき絡めた小指がかすかに震える。自分の手を見つめるたびに胸が痛くて、いっそのこと本当に切った指をもらっておけばよかったなんて、危うい思考が何度も脳を過った。
「指切りなんて、意味ないのに……」
彼がいなくなってから約二年半。それまで通い続けていたショーレストランに、私は今も足を運べていない。
***
初めて移転後のスターレスを目にしたとき、無性に涙が出そうで仕方がなかった。店先を飾る看板が、記憶の中のそれとまったく同じものだったから。
「え〜っと。ただいまって、言えばいいのかな」
「……ばか」
「酷いなァ。約束は守ったデショ?」
私が今日ここに来た理由はたった一つ。変わらずスターレスに通い続けている友人から「あいつが帰ってきた」と報せをもらったからだ。
果たして、前のお店より広くて綺麗なホールに、そいつは居た。真新しいスタッフの衣装を着て、前と変わらない胡散臭い笑みを浮かべて。
なんなの、連絡もしないで。いつ戻ってきたの。また、ここで働くの……?
涙のせいでぼやけた視界に薄色の影が近づく。あの時と同じように指先をすくわれたかと思えば、今度は腰にも手が添えられる。端から見れば、キャストとただの一般客のやり取りだ。
「スターレスへようこそ」
「他に言うことないの?」
「……今夜、部屋に行っていい?」
私にしか届かないくらいの囁き声。返事なんて、聞かなくてもわかってるくせに。
「絶対に来て」
今度は私から小指を絡める。二年半の痛みを返すように、強く、固く。
「それじゃ、弟のチームの公演、楽しんで」
そう言って横に捌けていく姿を目で追いかける。せっかく来たのだからきちんとショーも楽しみたい。でも、どうしたってこの瞳は彼を捉えて離せない。
暗転するホールの一角。みんなの視線がステージへと向かう中、暗闇に浮かぶ二つの光だけがじっとこちらを見つめていた。
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