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同棲している恋人に結婚の話題を振ってみた
先日、高校時代の友人から結婚の報告を受けた。式は挙げずに写真だけ撮ったのだと、前触れもなくさらりと告げられたからとても驚いた。
友人のおめでたい話は、私にとっても本当に喜ばしいことだった。心からおめでとうと言うことができたし、今後も幸せであってほしいと本気で願っている。――けれど、心の片隅に少しだけ落ち込んでいる自分が隠れていることも事実だった。
報告を受けて以来、自分はどうするのだろうと考えることが多くなった。恋人はいるけれど、結婚となると少し気持ちが違ってくる。ひとりでどうこうできる問題でもない。ふたりで真剣に話し合わなければならないときが、ようやく来たのかもしれない。
***
「結婚? んなモンしようがしまいが変わらねぇよ」
同棲を始めて数年。なかなか勇気が出ずに避けてしまっていた話題を、友人の話を皮切りに思いきって彼に振ってみた。そうしたら、返ってきたのはあまりにも素っ気ない答えだった。
「変わらないって、そんな言い方しなくても」
「お前は今もこれからも俺のモンだ。その事実は変わらねぇ。ま、そんなにしてぇってなら、今から役所に行ってやってもいいけどな」
顔だけをこちらに向けて不敵に笑った彼は、またすぐにシフト表とスマホに視線を戻してしまう。解釈次第ではときめくかもしれないその台詞も、今の私にはとても誠意のあるものとは思えない。
「そんな適当に言われても、したいなんて思わないよ」
「別に適当には言ってねぇよ」
洗濯物を畳んでいた私の手を止めるほどの、芯のある声が耳に届いた。
適当じゃないなら何なんだ。本気で今から役所に行こうとでもいうのだろうか。
いかにも信じがたい可能性を振り切り、私はまた洗濯物を畳み始める。すると彼がソファから腰を上げ、そのまま玄関へと足を向けた。
「……どこ行くの?」
「あ? 役所だろうが」
「は?」
何を言っているんだこの男は。
今から役所に? 本気で?
「いやいや、え? なんで?」
「紙ねぇだろ」
「紙? 婚姻届のこと?」
「それ以外あんのかよ。……あぁ、戸籍なんちゃらってのも必要なんだったか」
「わ、からないけど……待って」
「なんだよ」
思わず玄関まで走り、今まさにドアを開けようとしていた彼の腕を掴んで引き止める。
「……心の準備ができてない」
「ハッ、なんだそれ」
可笑しそうに吹き出した彼は心底楽しげで、私の速まっていく鼓動なんてお構いなしに、大して高くもない私の鼻先をきゅっと摘まみ上げる。
「お前が言い出したんだろうが。……ってことで、近々お前も必要なモン用意しとけよ」
「えっ」
「行ってくる」
――ガチャリ。静寂の中、扉の閉まる音だけがその場に残された。摘ままれた鼻はまだ少し痛い。
しばらくするとエンジン音が聞こえてきて、私はハッとして窓際に急ぐ。
ガラス越しに視線を走らせ、建物の陰から現れた大きなバイクに目を留める。見慣れたそれに跨がる、ヘルメットを被ったその人が一瞬だけこちらを見たような気がして、私の心臓はまた忙しなく鼓動を速めた。
どうしよう。婚姻届を持って帰ってくるの? あの人が? 本当に?
「……急展開すぎない?」
誰にも聞かれることのない独り言が宙を舞う。意味もなく部屋の中をうろついて、途中で放り出していた洗濯物を綺麗に畳み直す。
一体、どんな顔でおかえりと言えばいいのか。
すべての布を畳み終えてもそれだけは解決できないまま、私は聞き慣れたエンジン音に再び心を乱されることとなった。
先日、高校時代の友人から結婚の報告を受けた。式は挙げずに写真だけ撮ったのだと、前触れもなくさらりと告げられたからとても驚いた。
友人のおめでたい話は、私にとっても本当に喜ばしいことだった。心からおめでとうと言うことができたし、今後も幸せであってほしいと本気で願っている。――けれど、心の片隅に少しだけ落ち込んでいる自分が隠れていることも事実だった。
報告を受けて以来、自分はどうするのだろうと考えることが多くなった。恋人はいるけれど、結婚となると少し気持ちが違ってくる。ひとりでどうこうできる問題でもない。ふたりで真剣に話し合わなければならないときが、ようやく来たのかもしれない。
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「結婚? んなモンしようがしまいが変わらねぇよ」
同棲を始めて数年。なかなか勇気が出ずに避けてしまっていた話題を、友人の話を皮切りに思いきって彼に振ってみた。そうしたら、返ってきたのはあまりにも素っ気ない答えだった。
「変わらないって、そんな言い方しなくても」
「お前は今もこれからも俺のモンだ。その事実は変わらねぇ。ま、そんなにしてぇってなら、今から役所に行ってやってもいいけどな」
顔だけをこちらに向けて不敵に笑った彼は、またすぐにシフト表とスマホに視線を戻してしまう。解釈次第ではときめくかもしれないその台詞も、今の私にはとても誠意のあるものとは思えない。
「そんな適当に言われても、したいなんて思わないよ」
「別に適当には言ってねぇよ」
洗濯物を畳んでいた私の手を止めるほどの、芯のある声が耳に届いた。
適当じゃないなら何なんだ。本気で今から役所に行こうとでもいうのだろうか。
いかにも信じがたい可能性を振り切り、私はまた洗濯物を畳み始める。すると彼がソファから腰を上げ、そのまま玄関へと足を向けた。
「……どこ行くの?」
「あ? 役所だろうが」
「は?」
何を言っているんだこの男は。
今から役所に? 本気で?
「いやいや、え? なんで?」
「紙ねぇだろ」
「紙? 婚姻届のこと?」
「それ以外あんのかよ。……あぁ、戸籍なんちゃらってのも必要なんだったか」
「わ、からないけど……待って」
「なんだよ」
思わず玄関まで走り、今まさにドアを開けようとしていた彼の腕を掴んで引き止める。
「……心の準備ができてない」
「ハッ、なんだそれ」
可笑しそうに吹き出した彼は心底楽しげで、私の速まっていく鼓動なんてお構いなしに、大して高くもない私の鼻先をきゅっと摘まみ上げる。
「お前が言い出したんだろうが。……ってことで、近々お前も必要なモン用意しとけよ」
「えっ」
「行ってくる」
――ガチャリ。静寂の中、扉の閉まる音だけがその場に残された。摘ままれた鼻はまだ少し痛い。
しばらくするとエンジン音が聞こえてきて、私はハッとして窓際に急ぐ。
ガラス越しに視線を走らせ、建物の陰から現れた大きなバイクに目を留める。見慣れたそれに跨がる、ヘルメットを被ったその人が一瞬だけこちらを見たような気がして、私の心臓はまた忙しなく鼓動を速めた。
どうしよう。婚姻届を持って帰ってくるの? あの人が? 本当に?
「……急展開すぎない?」
誰にも聞かれることのない独り言が宙を舞う。意味もなく部屋の中をうろついて、途中で放り出していた洗濯物を綺麗に畳み直す。
一体、どんな顔でおかえりと言えばいいのか。
すべての布を畳み終えてもそれだけは解決できないまま、私は聞き慣れたエンジン音に再び心を乱されることとなった。
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