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客から黒曜の恋人になった女の子の話
ふとした瞬間に不安を感じることがある。
私と彼は恋人同士で、それは紛れもない事実だ。彼に対して不満があるとか、彼が浮気をするかもとか、そういう心配ではない。
彼と付き合い始めてから、私はお店に通わなくなった。そのせいか、彼が多くの女の子から黄色い声援を浴びている姿を必要以上に想像してしまうのだ。
キャストとしてはとても喜ばしいことだ。それがチームの人気、お店の繁盛にも繋がっていく。けれども恋人の立場からすると、やっぱり心のモヤモヤは残るわけで。そういう生き方をしている彼のそばにいる以上、この気持ちとさよならはできない。わかってはいるけれど、こんな器の小さい女、自分でも本当に嫌になる。
「おい、また余計なこと考えてんのかよ」
「べ、別に……」
ソファでクッションを抱く私の顔を覗き込んだ彼は、意地の悪い笑みを浮かべながら「相変わらず嘘が下手だな」とテーブルの上のマグカップに手を伸ばす。
彼の好物であるホットミルクが注がれたそれを片手にスケジュール表に目を走らせる姿は、確かにスターレスのキャスト「黒曜」であり、私が一目で恋に落ちた人。今でも本当に私なんかが彼の恋人になってよかったのか、なぜなれたのかが不思議で仕方ない。
「まだ寝ないの?」
「あぁ、もう少ししたらな」
時計の針はすでにてっぺんを回っている。近頃いつにも増して帰りが遅いのは、スケジュール表が示している通り、びっしり埋まっている予定のせいだろう。お店が繁盛しているのは良いことだけれど、二人でゆっくりできる時間が減っているのを実感している今、それを素直に喜べない自分がなんとも憎い。
明日も仕事があるだろうからと、触れ合いたい気持ちを抑えて横顔を眺めることに徹する。するとその視線に気づいたのか、不意にこちらを向いた赤い双眸が私を捉えた。
「なんだよ、構ってほしいのか?」
「……」
「わかりやすいんだよ、お前」
いつの間にかマグカップは空になっている。文字が詰まった紙はテーブルに伏せられ、彼の纏う雰囲気も心なしかやわらかい。
「客とはしねぇこと、するか?」
「!」
彼はソファの背もたれに肘をつき、挑発的でありながらも慈しむような笑みを私に向ける。その唇から発せられた台詞は、私たちが付き合うきっかけとなった出来事を鮮明に思い出させた。
「ただの客でいるのは嫌」
胸が締めつけられるような思いで告げた、私の台詞。単なる我が儘だとわかっていたし、もうお店に行くのをやめようと決めて、ようやく絞り出した言葉だった。
困らせるし、拒否もされるだろう。そう思っていたのに、真剣な眼差しとともに返ってきたのは
「だったら俺だけのモンになれ」
その一言だった。
「寝ずに待ってたってことは、そういうことだろ?」
「でも、明日もシフト入ってるって……っ」
すべてを言い終わらないうちに、どさりとその場に押し倒される。顔の横に置かれた腕が逃さないと言っていて、まるで猛獣に捕らわれた小動物の気分だ。
「急遽他のヤツと交代になったからな。幸い時間はたっぷりある」
で、どうすんだ?
答えなんてわかりきっているくせに、そんな意地悪な訊き方をする。ずるい。本当にずるい。
言葉にするのはなんだか癪で、返事の代わりに傷が目立つ首に両腕をまわす。わかりやすいんでしょ? それなら、今すぐ行動で応えて。そう、視線で訴えながら。
「上等だ」
待ち焦がれていた熱が唇に降りてくる。一瞬で全身の血を沸き立たせるような、それでいて、どこまでも優しさを忘れないあたたかなキス。
「ん……ベッドは……?」
「めんどくせぇ。ここでいいだろ」
早く触れてほしいという思いも伝わっているのか、はたまた本人にも余裕がないのか。欲しかったものをやっと手にできるというこの状況で、正直そんなことはどうでもいい。
私の中にある醜い感情なんて吹き飛ぶくらいの、恋人だけの特権を、早く――。
***
「余計なこと考えてねぇで、お前は俺の前でへらへら笑ってりゃいいんだよ」
じんわりと気だるさが残る身体に、彼らしい愛の言葉が心地いい。
「それじゃあ私が何も考えてないあほみたいじゃん」
「実際そうだろ」
「ひどいなぁ」
彼の二の腕に乗せていた頭を、さらに肩のほうへ近づける。喉仏と、大きな傷痕。そこに視線を引き寄せられるたび、ほんの少しの切なさを連れて、あふれんばかりの幸福が押し寄せてくる。
「明日、どこにも出かけたくない」
「出かけなきゃいいだろ」
「……うん」
こうして大好きな腕の中に居られる時間は、私にとって何よりも大切で愛おしい宝物。
「スターレスの黒曜」ではない、恋人としての彼を感じられるのが、どうか、生涯私だけでありますように。
ふとした瞬間に不安を感じることがある。
私と彼は恋人同士で、それは紛れもない事実だ。彼に対して不満があるとか、彼が浮気をするかもとか、そういう心配ではない。
彼と付き合い始めてから、私はお店に通わなくなった。そのせいか、彼が多くの女の子から黄色い声援を浴びている姿を必要以上に想像してしまうのだ。
キャストとしてはとても喜ばしいことだ。それがチームの人気、お店の繁盛にも繋がっていく。けれども恋人の立場からすると、やっぱり心のモヤモヤは残るわけで。そういう生き方をしている彼のそばにいる以上、この気持ちとさよならはできない。わかってはいるけれど、こんな器の小さい女、自分でも本当に嫌になる。
「おい、また余計なこと考えてんのかよ」
「べ、別に……」
ソファでクッションを抱く私の顔を覗き込んだ彼は、意地の悪い笑みを浮かべながら「相変わらず嘘が下手だな」とテーブルの上のマグカップに手を伸ばす。
彼の好物であるホットミルクが注がれたそれを片手にスケジュール表に目を走らせる姿は、確かにスターレスのキャスト「黒曜」であり、私が一目で恋に落ちた人。今でも本当に私なんかが彼の恋人になってよかったのか、なぜなれたのかが不思議で仕方ない。
「まだ寝ないの?」
「あぁ、もう少ししたらな」
時計の針はすでにてっぺんを回っている。近頃いつにも増して帰りが遅いのは、スケジュール表が示している通り、びっしり埋まっている予定のせいだろう。お店が繁盛しているのは良いことだけれど、二人でゆっくりできる時間が減っているのを実感している今、それを素直に喜べない自分がなんとも憎い。
明日も仕事があるだろうからと、触れ合いたい気持ちを抑えて横顔を眺めることに徹する。するとその視線に気づいたのか、不意にこちらを向いた赤い双眸が私を捉えた。
「なんだよ、構ってほしいのか?」
「……」
「わかりやすいんだよ、お前」
いつの間にかマグカップは空になっている。文字が詰まった紙はテーブルに伏せられ、彼の纏う雰囲気も心なしかやわらかい。
「客とはしねぇこと、するか?」
「!」
彼はソファの背もたれに肘をつき、挑発的でありながらも慈しむような笑みを私に向ける。その唇から発せられた台詞は、私たちが付き合うきっかけとなった出来事を鮮明に思い出させた。
「ただの客でいるのは嫌」
胸が締めつけられるような思いで告げた、私の台詞。単なる我が儘だとわかっていたし、もうお店に行くのをやめようと決めて、ようやく絞り出した言葉だった。
困らせるし、拒否もされるだろう。そう思っていたのに、真剣な眼差しとともに返ってきたのは
「だったら俺だけのモンになれ」
その一言だった。
「寝ずに待ってたってことは、そういうことだろ?」
「でも、明日もシフト入ってるって……っ」
すべてを言い終わらないうちに、どさりとその場に押し倒される。顔の横に置かれた腕が逃さないと言っていて、まるで猛獣に捕らわれた小動物の気分だ。
「急遽他のヤツと交代になったからな。幸い時間はたっぷりある」
で、どうすんだ?
答えなんてわかりきっているくせに、そんな意地悪な訊き方をする。ずるい。本当にずるい。
言葉にするのはなんだか癪で、返事の代わりに傷が目立つ首に両腕をまわす。わかりやすいんでしょ? それなら、今すぐ行動で応えて。そう、視線で訴えながら。
「上等だ」
待ち焦がれていた熱が唇に降りてくる。一瞬で全身の血を沸き立たせるような、それでいて、どこまでも優しさを忘れないあたたかなキス。
「ん……ベッドは……?」
「めんどくせぇ。ここでいいだろ」
早く触れてほしいという思いも伝わっているのか、はたまた本人にも余裕がないのか。欲しかったものをやっと手にできるというこの状況で、正直そんなことはどうでもいい。
私の中にある醜い感情なんて吹き飛ぶくらいの、恋人だけの特権を、早く――。
***
「余計なこと考えてねぇで、お前は俺の前でへらへら笑ってりゃいいんだよ」
じんわりと気だるさが残る身体に、彼らしい愛の言葉が心地いい。
「それじゃあ私が何も考えてないあほみたいじゃん」
「実際そうだろ」
「ひどいなぁ」
彼の二の腕に乗せていた頭を、さらに肩のほうへ近づける。喉仏と、大きな傷痕。そこに視線を引き寄せられるたび、ほんの少しの切なさを連れて、あふれんばかりの幸福が押し寄せてくる。
「明日、どこにも出かけたくない」
「出かけなきゃいいだろ」
「……うん」
こうして大好きな腕の中に居られる時間は、私にとって何よりも大切で愛おしい宝物。
「スターレスの黒曜」ではない、恋人としての彼を感じられるのが、どうか、生涯私だけでありますように。
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