元がネームレスのため、変換箇所は少ないです。ご了承ください。
main
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
亜麻色の夜に染まる
ケイさんが日本を離れて早数ヶ月。二月も半ばに差しかかる。まだまだ暖かくなるには早いこの時季は、しんと静まり返った夜の色に、吐き出した白い息がよく映える。
私の護衛を命じられているギィさんは、ケイさんがアメリカへ戻っている間、特に周りへの警戒を強めてくれているらしい。今日も当然のように私の隣にぴったりと寄り添い、冷たい空気が張り詰める中を家まで一緒に歩いてくれた。
「今日もありがとうございました」
「気にしないで。アナタを守るのがボクの仕事。それじゃあ」
「あ、待ってください!」
抑揚のない声がすぐに踵を返そうとして、私は急いでその背中を引き留める。
「?」
「あの、少し上がっていきませんか? 渡したいもの……というか、お出ししたいものがあって」
「おだししたいもの? ……わかった」
頭上にはてなマークを浮かべながらも、ギィさんは私の言葉に拒絶の色は示さない。控えめに頷いてくれた彼を玄関に招き入れ、私は暖房器具のスイッチを入れるため部屋の奥へと急いだ。
***
「どうぞ、カフェオレです」
「カフェオレ……」
「あと、チョコレート。ミルクティー味です」
「ミルクティー味」
湯気が立ち上るマグカップをそっとテーブルに置き、その横に割れた板チョコを数枚、お気に入りの小皿に乗せて並べる。それらを目で追いながら私の言葉を復唱する彼に、思わずくすりと笑みがこぼれた。
「すみません、カフェオレやらミルクティーやらややこしくて」
自分用にもう一組同じものを用意して、私も彼の隣に腰を下ろす。ギィさんはまだよくわからないというような表情で首を傾げながら、黙ったまま目の前のものをじっと見つめていた。
「いつも送ってくださるお礼です。あと、今日はバレンタインなので」
「バレンタイン……」
先日、デパートの特設コーナーを眺めていたときにふと目に留まったやさしい色のチョコレート。ギィさんの髪色が浮かんだから、なんて本人には言えないけれど、自分が食べたかったのもあって、つい手を伸ばしていた。
残念ながら、プレゼント用に綺麗に包装されたものではなく、訳あり商品のためお買い得!という大袋に入ったものなのだけど。
「お店でも貰っているとは思いますが、よかったら一緒に食べませんか?」
「一緒に?」
「はい」
身動きをしていなかった彼の顔をそっと覗き込めば、ようやくその瞳に私の姿を映してくれる。いつも涼しげでどこか不安定な眼差しに、少しだけ彼の秘める幼さが浮かび上がったような気がした。
「ギィさん、美味しいですか?」
「これが、『おいしい』? ……うん、多分、おいしい」
「ふふ、よかった」
部屋の中を満たす温かい空気が揺れるたび、ほろ苦い香りがやわらかく私たちを包み込む。わずかに物足りなさを感じる心が、亜麻色の彼とチョコレートによって、ゆっくりとやさしい甘さに染め上げられていく。
心の隙間が埋まるのはいつになるのか、それはまだわからない。もうすぐかもしれないし、当分先のことかもしれない。それならば、拠り所となる存在が戻るのを一緒に待てたらいい。
ギィさんが少しずつチョコレートを口に運ぶのを眺めながら、私もマグカップを傾ける。凛とした切ない苦味と、甘くて淡いミルクの色を、そっと溶かし合うようにして。
ケイさんが日本を離れて早数ヶ月。二月も半ばに差しかかる。まだまだ暖かくなるには早いこの時季は、しんと静まり返った夜の色に、吐き出した白い息がよく映える。
私の護衛を命じられているギィさんは、ケイさんがアメリカへ戻っている間、特に周りへの警戒を強めてくれているらしい。今日も当然のように私の隣にぴったりと寄り添い、冷たい空気が張り詰める中を家まで一緒に歩いてくれた。
「今日もありがとうございました」
「気にしないで。アナタを守るのがボクの仕事。それじゃあ」
「あ、待ってください!」
抑揚のない声がすぐに踵を返そうとして、私は急いでその背中を引き留める。
「?」
「あの、少し上がっていきませんか? 渡したいもの……というか、お出ししたいものがあって」
「おだししたいもの? ……わかった」
頭上にはてなマークを浮かべながらも、ギィさんは私の言葉に拒絶の色は示さない。控えめに頷いてくれた彼を玄関に招き入れ、私は暖房器具のスイッチを入れるため部屋の奥へと急いだ。
***
「どうぞ、カフェオレです」
「カフェオレ……」
「あと、チョコレート。ミルクティー味です」
「ミルクティー味」
湯気が立ち上るマグカップをそっとテーブルに置き、その横に割れた板チョコを数枚、お気に入りの小皿に乗せて並べる。それらを目で追いながら私の言葉を復唱する彼に、思わずくすりと笑みがこぼれた。
「すみません、カフェオレやらミルクティーやらややこしくて」
自分用にもう一組同じものを用意して、私も彼の隣に腰を下ろす。ギィさんはまだよくわからないというような表情で首を傾げながら、黙ったまま目の前のものをじっと見つめていた。
「いつも送ってくださるお礼です。あと、今日はバレンタインなので」
「バレンタイン……」
先日、デパートの特設コーナーを眺めていたときにふと目に留まったやさしい色のチョコレート。ギィさんの髪色が浮かんだから、なんて本人には言えないけれど、自分が食べたかったのもあって、つい手を伸ばしていた。
残念ながら、プレゼント用に綺麗に包装されたものではなく、訳あり商品のためお買い得!という大袋に入ったものなのだけど。
「お店でも貰っているとは思いますが、よかったら一緒に食べませんか?」
「一緒に?」
「はい」
身動きをしていなかった彼の顔をそっと覗き込めば、ようやくその瞳に私の姿を映してくれる。いつも涼しげでどこか不安定な眼差しに、少しだけ彼の秘める幼さが浮かび上がったような気がした。
「ギィさん、美味しいですか?」
「これが、『おいしい』? ……うん、多分、おいしい」
「ふふ、よかった」
部屋の中を満たす温かい空気が揺れるたび、ほろ苦い香りがやわらかく私たちを包み込む。わずかに物足りなさを感じる心が、亜麻色の彼とチョコレートによって、ゆっくりとやさしい甘さに染め上げられていく。
心の隙間が埋まるのはいつになるのか、それはまだわからない。もうすぐかもしれないし、当分先のことかもしれない。それならば、拠り所となる存在が戻るのを一緒に待てたらいい。
ギィさんが少しずつチョコレートを口に運ぶのを眺めながら、私もマグカップを傾ける。凛とした切ない苦味と、甘くて淡いミルクの色を、そっと溶かし合うようにして。
34/47ページ