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贈り物はハイヒールで
「なんだ、今日はやけに高いの履いてるな」
私を一目見るなり、足元に視線を注いだ彼が緩く口角を上げた。気づいてもらえたのが嬉しくて、ほんの少しだけ自分の頬も持ち上がる。
「ほらよ、手」
エスコートのため、スッと彼の掌が差し出された。その位置は変わらずちょうどいい高さにあるけれど、見上げるといつもより近いところに彼の瞳があって、それだけでどうしようもなく鼓動が速まっていく。
緊張しながら手を重ねると、「誰か見せたい奴でもいるのか?」と軽くからかうような笑みが向けられた。答えを知っていながら試したのか。もしくは知らずにそれを引き出そうとしているのか。私は一瞬だけ息を詰め、それからゆっくりと口を開いた。
「あなたです、って言ったら……迷惑ですか?」
「俺?」
彼はわずかに目を見張り、けれど歩みは止めないままフロアの扉を開く。思ったより情けない声が出てしまった私は、慌てて取り繕うように背筋を伸ばした。
「ソテツさん、背が高いから。少しでも近づけたらいいなって」
「へぇ。それでハイヒールなんて履いてるのか」
「……やっぱり、似合わないですかね」
「いや? 似合ってるぜ」
ソテツさんは悪戯を思いついたようにニッと笑うと、軽く乗せていただけの私の指先を大きな掌で包み込む。手を引かれるままついて行けば、その足は客席ではなく、厨房の横にあるスタッフルームへと向かっていた。
「あの、どうしてここに……?」
「どうしてって、それはお前のほうがわかってるんじゃないのか?」
戸惑う私を流れるようにそこへ引き込み、素早く内側から鍵を掛ける。そして、逃さないとでも言うように、逞しい両腕がしっかりと私の腰を捕らえた。
ちょうど目の高さに大きなアクセサリーがあり、その下には褐色の肌が見え隠れしている。布越しに触れ合った体温と、ほのかに感じる彼の香り。私の心臓は早鐘を打ち続け、それ以上身動きが取れなくなった。
「俺が何をもらったら喜ぶか、お前は知ってるな?」
「……はい」
「くれるんだろ? それ」
少しでも顔を上げれば、熱情を滲ませた瞳と視線が交わる。いつもより彼が近く――否、今日は私が近づいたのだ。彼からではなく、彼をもっと近くに感じたいと思ってしまった、この私が。
壁に背をつけて私を見下ろす彼に体重を預けるようにして、厚い胸板に手をあてながら少しずつ踵を浮かせていく。といっても、すでに背伸びをしているような状態では、これ以上彼に近づくことは叶わない。あと、ほんの数センチなのに。
「……」
私は諦めて顎を引いた。勇気を出した挑戦が失敗に終わり、恥ずかしいやら悲しいやらで、力なく自分の下唇を噛む。すると上からククッと喉を鳴らす音が聞こえてきて、私はまたそっと顔を上げた。
「仕方ない、少し手伝ってやる」
言うが早いか腰をぐっと引き寄せられ、あっという間に吐息がかかるほどの距離にまで唇が近づく。
「……ほら、くれよ」
「っ、」
色気を孕んだ低い声が脳を揺らす。数センチだった距離が、今は数ミリ。もう、後に引くことは許されない。
私は小さく息を飲み、それから、触れるだけのキスを彼に贈った。
たった数秒。されど数秒。今までで一番緊張に震えるプレゼントを渡し終え、私は彼の目を見られないまま、再び大きなアクセサリーに視線を向けた。
「サンキュ。お前からの贈り物、最高だぜ」
私の腰を支えていた腕がふっと緩み、浮いていたヒールが床に降りる。
自分の力だけでは無理だったけれど、頑張って高いヒールを履いてよかった。そう、一仕事終えたような気持ちで彼から離れようとした、その時。
「だが、まだ足りんな」
「え?」
「こんなに良いものもらっちまったら、きっちりお返ししないと、だろ?」
くるりと身体の位置を入れ替えられ、今度は私の背中が壁にあたる。
「でも、あの、公演が……」
「まだ時間はある。人手も足りてる。少しくらいこうしてたってバチは当たらんさ」
それに、せっかくのプレゼントだ。もっと堪能しないと損だろ?
そう言って落とされる口づけは、どこまでも熱く、気が遠くなるほどの甘さを私にもたらした。
「キスがしやすくて助かる」
もはやどちらの贈り物か、贈り物であるかどうかすらわからない。
想って、捧げて、奪われて。
扉の向こうの世界など忘れてしまったかのように、生まれた吐息はすべて二人きりの空間に溶けていった。
「なんだ、今日はやけに高いの履いてるな」
私を一目見るなり、足元に視線を注いだ彼が緩く口角を上げた。気づいてもらえたのが嬉しくて、ほんの少しだけ自分の頬も持ち上がる。
「ほらよ、手」
エスコートのため、スッと彼の掌が差し出された。その位置は変わらずちょうどいい高さにあるけれど、見上げるといつもより近いところに彼の瞳があって、それだけでどうしようもなく鼓動が速まっていく。
緊張しながら手を重ねると、「誰か見せたい奴でもいるのか?」と軽くからかうような笑みが向けられた。答えを知っていながら試したのか。もしくは知らずにそれを引き出そうとしているのか。私は一瞬だけ息を詰め、それからゆっくりと口を開いた。
「あなたです、って言ったら……迷惑ですか?」
「俺?」
彼はわずかに目を見張り、けれど歩みは止めないままフロアの扉を開く。思ったより情けない声が出てしまった私は、慌てて取り繕うように背筋を伸ばした。
「ソテツさん、背が高いから。少しでも近づけたらいいなって」
「へぇ。それでハイヒールなんて履いてるのか」
「……やっぱり、似合わないですかね」
「いや? 似合ってるぜ」
ソテツさんは悪戯を思いついたようにニッと笑うと、軽く乗せていただけの私の指先を大きな掌で包み込む。手を引かれるままついて行けば、その足は客席ではなく、厨房の横にあるスタッフルームへと向かっていた。
「あの、どうしてここに……?」
「どうしてって、それはお前のほうがわかってるんじゃないのか?」
戸惑う私を流れるようにそこへ引き込み、素早く内側から鍵を掛ける。そして、逃さないとでも言うように、逞しい両腕がしっかりと私の腰を捕らえた。
ちょうど目の高さに大きなアクセサリーがあり、その下には褐色の肌が見え隠れしている。布越しに触れ合った体温と、ほのかに感じる彼の香り。私の心臓は早鐘を打ち続け、それ以上身動きが取れなくなった。
「俺が何をもらったら喜ぶか、お前は知ってるな?」
「……はい」
「くれるんだろ? それ」
少しでも顔を上げれば、熱情を滲ませた瞳と視線が交わる。いつもより彼が近く――否、今日は私が近づいたのだ。彼からではなく、彼をもっと近くに感じたいと思ってしまった、この私が。
壁に背をつけて私を見下ろす彼に体重を預けるようにして、厚い胸板に手をあてながら少しずつ踵を浮かせていく。といっても、すでに背伸びをしているような状態では、これ以上彼に近づくことは叶わない。あと、ほんの数センチなのに。
「……」
私は諦めて顎を引いた。勇気を出した挑戦が失敗に終わり、恥ずかしいやら悲しいやらで、力なく自分の下唇を噛む。すると上からククッと喉を鳴らす音が聞こえてきて、私はまたそっと顔を上げた。
「仕方ない、少し手伝ってやる」
言うが早いか腰をぐっと引き寄せられ、あっという間に吐息がかかるほどの距離にまで唇が近づく。
「……ほら、くれよ」
「っ、」
色気を孕んだ低い声が脳を揺らす。数センチだった距離が、今は数ミリ。もう、後に引くことは許されない。
私は小さく息を飲み、それから、触れるだけのキスを彼に贈った。
たった数秒。されど数秒。今までで一番緊張に震えるプレゼントを渡し終え、私は彼の目を見られないまま、再び大きなアクセサリーに視線を向けた。
「サンキュ。お前からの贈り物、最高だぜ」
私の腰を支えていた腕がふっと緩み、浮いていたヒールが床に降りる。
自分の力だけでは無理だったけれど、頑張って高いヒールを履いてよかった。そう、一仕事終えたような気持ちで彼から離れようとした、その時。
「だが、まだ足りんな」
「え?」
「こんなに良いものもらっちまったら、きっちりお返ししないと、だろ?」
くるりと身体の位置を入れ替えられ、今度は私の背中が壁にあたる。
「でも、あの、公演が……」
「まだ時間はある。人手も足りてる。少しくらいこうしてたってバチは当たらんさ」
それに、せっかくのプレゼントだ。もっと堪能しないと損だろ?
そう言って落とされる口づけは、どこまでも熱く、気が遠くなるほどの甘さを私にもたらした。
「キスがしやすくて助かる」
もはやどちらの贈り物か、贈り物であるかどうかすらわからない。
想って、捧げて、奪われて。
扉の向こうの世界など忘れてしまったかのように、生まれた吐息はすべて二人きりの空間に溶けていった。
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