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宝石箱は輝きに満ちて
「いっ、たぁ〜……」
グキッと嫌な音が聞こえた感覚と、その発生源である左足首を襲う鈍い痛み。成す術もなく廊下にへたり込んだ私は、虚しさに項垂れながら力の抜けた足首へと視線を落とした。
何もない所で足を挫くとか、なんて鈍臭い……。
溜め息を吐いて辺りを見回し、近くに誰もいないのを確認する。今日は早い時間に来てしまったから、出勤しているキャストはまだ多くないらしい。転けた瞬間を他人に見られなかったのがせめてもの救いだ。
とりあえずここから移動しよう。休憩スペースまで行ければ……ああでも、まだちょっと無理かもしれない……。
「名前ちゃん? どうしたんだい、大丈夫?」
「金剛さん……」
立とうにも力が入らず困っていると、キッチン業務時の恰好をした金剛さんが通りかかった。多少抵抗はあったものの、駆けつけてくれた彼に事の経緯を説明する。すると、彼は「痛かったでしょ、すぐに気づけて良かった」と心配と安堵が混じったような表情を浮かべた。
「とりあえず事務室行こうか。立てる?」
「はい……っ……」
そろそろ大丈夫だろうと足に力を入れようとするも、まだ残る痛みについ顔を歪めてしまう。あまり迷惑は掛けたくないから我慢したかったのだけど、どうやら私にポーカーフェイスの才能はなかったらしい。
私が掴まりやすいように手を差し伸べてくれていた金剛さんは、いまだに床から腰を上げられずにいる私を見て一瞬思案するように黙り込む。そしてすぐに体勢を変え、私の背中と両膝の裏にその逞しい腕を添えた。
「ごめんね、嫌かもしれないけど……」
「えっ、わっ、金剛さん!?」
ふわりと体が宙に浮く。彼に横抱き――つまり、お姫様抱っこをされたのだ。
「あっ、あの! 重いですから!」
「どこがだい? むしろ軽すぎるくらいだよ。ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてます!」
とっさに彼のシャツを掴んでしまったものの、非常に恥ずかしいというか、自分を情けなく思うのもあってどこに視線をやったらいいのかわからない。体温が高いのか彼はとても温かいし、何より顔が近くて落ち着かない。普段の身長差からの今の距離……近すぎる!
私が脳内であたふたしている間にも彼の足は歩みを進め、すぐに事務室の前に辿り着く。両手が塞がっていたらドアを開けられないのではと心配したけれど、それは杞憂に終わった。
金剛さんは私の足を抱えたほうの手で器用にドアを開け、さらに私が縁にぶつからないように丁寧にそこを潜る。一瞬もし誰かが中にいてこの姿を見られたらと焦ったけれど、今は運営さんも席を外しているようで、それもまた杞憂に終わる。
「じゃあ、ここに降ろすね」
「はい、ありがとうございます……」
ゆっくりとソファに降ろしてもらい、改めて痛めた足首を確認する。見た目は特に問題なさそうだけど、まだ少し違和感が残っている。
「えっと、こっちの足で合ってるかな」
「あ、はい。わざわざすみません」
どこからか湿布を持ってきた金剛さんが目の前に跪き、まるで壊れ物を扱うような手付きでそっと私の足に触れる。湿布を貼ってもらっている間――そのわずかな時間でも、私の心臓はトクトクと忙しなく鼓動を速めた。
「病院は? 一応行っておいたほうがいいと思うけど」
「いえ、少し捻っただけなので……! そのうち痛みも引くと思いますし」
「本当に?」
「はい、本当に!」
「……わかった」
真剣な表情で窺うように覗き込まれ、私も嘘偽りなく言葉を返す。そのことが伝わったのかそれ以上は追求されず、なんとか大事にはならなそうでほっと息を吐いた。
「それじゃあ、いま誰か他の人を呼んで……」
グゥ〜
「!」
金剛さんが立ち上がったちょうどその時、彼を引き止めるかのようなタイミングで私のお腹が音を立てた。
「ご、ごめんなさい!」
「ははっ、気にしなくていいよ。何か食べる? 簡単なもので良ければ作ってくるよ」
「え、でも……」
また余計な手間を掛けさせてしまう――そう思って言葉を詰まらせる私に、彼は「遠慮しないで」と優しく目線を合わせてくれる。
どうしてこの人は、こんなにも丁寧に私に寄り添ってくれるのだろう。いや、きっと私だけじゃない。困っている人が近くにいたら、迷わずその手を差し伸べるはずだ。
彼の穏やかな人柄と、低く落ち着いた優しい声。それらを前にすると、なぜだか素直にならなくてはいけない気がしてくる。
「えっと、じゃあ……金剛スペシャルを……。前にいただいたの、すごく美味しかったので」
「ああ、あれ覚えててくれたんだ。嬉しいよ。じゃあ、ちょっと待ってて」
彼は私の言葉を聞くと、かすかに照れを滲ませた笑みを浮かべて事務室を出ていった。
ああ、私はなんて現金な人間なのだろう。こんな状況なのに、再びあれが食べられると思うとわくわくが止まらない。
図々しくてごめんなさい。でも、すっごく楽しみです。私は心の中でそう呟きながら、彼が向かったであろうキッチンのほうへと手を合わせた。
***
しばらくして、「お待たせ」と金剛さんが戻ってきた。その手には、ほかほかと湯気が立ち上るお皿――金剛スペシャルという名の焼きそばが乗せられている。
「ありがとうございます……! あの、本当にお手数お掛けして申し訳ありません!」
「ははっ、そんなにかしこまらなくていいって。君が美味しそうに食べてくれるの、すごく嬉しいから」
彼はソファの空いている所に腰を下ろし、愛しいものを眺めるような眼差しをこちらに向ける。そのあたたかさはとても心地がよくて、けれどどこか面映ゆい。
私は騒ぎだそうとする胸を落ち着かせるため、外した視線と一緒に、受け取ったお皿を膝の上に置いた。そして、気持ちを誤魔化すように、立ち上るソースの香りを一気に吸い込んだ。
「はぁ……香りだけでもう美味しいです」
「あはは、ありがとう。美味しいって言葉は誰に言われても嬉しいけど、君に言ってもらえるのが一番嬉しいな」
「っ、」
一度落ち着かせたはずなのに、再び胸がギュン!と締めつけられる。既の所でぐっと言葉を飲み込んだけれど、危うく「結婚してください」と言ってしまうところだった。
「もう……だめですよ、そんな……」
「え、何がだい?」
おそらく彼は自分の発言が口説き文句になっていることに気がついていないのだろう。そんな少し天然なところも、私にとっては好感を抱く材料にしかならない。
頭の上にはてなマークを浮かべる彼を横目に、「いただきます」と手を合わせてから焼きそばを口に含む。
香ばしさの中にもほのかな甘さがあり、野菜の味もしっかり活きている。本当に、今まで食べてきた焼きそばの中でも一番と言える美味しさだ。そう思えるのは、きっと彼が作ってくれたものだからというのもあるのだろう。
「君のその笑顔を見ていると、すごく幸せな気分になれるよ」
躊躇なく紡がれる彼の言葉は、またもや私の胸に大きく響く。
「私も、今とても幸せです」
視覚も味覚も聴覚も、この空間に金剛さんと共にいることで確かな幸福に満たされている。不運だと思っていた足首の怪我も、今となっては幸運の始まりだったのだと、そう思わずにはいられなかった。
「いっ、たぁ〜……」
グキッと嫌な音が聞こえた感覚と、その発生源である左足首を襲う鈍い痛み。成す術もなく廊下にへたり込んだ私は、虚しさに項垂れながら力の抜けた足首へと視線を落とした。
何もない所で足を挫くとか、なんて鈍臭い……。
溜め息を吐いて辺りを見回し、近くに誰もいないのを確認する。今日は早い時間に来てしまったから、出勤しているキャストはまだ多くないらしい。転けた瞬間を他人に見られなかったのがせめてもの救いだ。
とりあえずここから移動しよう。休憩スペースまで行ければ……ああでも、まだちょっと無理かもしれない……。
「名前ちゃん? どうしたんだい、大丈夫?」
「金剛さん……」
立とうにも力が入らず困っていると、キッチン業務時の恰好をした金剛さんが通りかかった。多少抵抗はあったものの、駆けつけてくれた彼に事の経緯を説明する。すると、彼は「痛かったでしょ、すぐに気づけて良かった」と心配と安堵が混じったような表情を浮かべた。
「とりあえず事務室行こうか。立てる?」
「はい……っ……」
そろそろ大丈夫だろうと足に力を入れようとするも、まだ残る痛みについ顔を歪めてしまう。あまり迷惑は掛けたくないから我慢したかったのだけど、どうやら私にポーカーフェイスの才能はなかったらしい。
私が掴まりやすいように手を差し伸べてくれていた金剛さんは、いまだに床から腰を上げられずにいる私を見て一瞬思案するように黙り込む。そしてすぐに体勢を変え、私の背中と両膝の裏にその逞しい腕を添えた。
「ごめんね、嫌かもしれないけど……」
「えっ、わっ、金剛さん!?」
ふわりと体が宙に浮く。彼に横抱き――つまり、お姫様抱っこをされたのだ。
「あっ、あの! 重いですから!」
「どこがだい? むしろ軽すぎるくらいだよ。ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてます!」
とっさに彼のシャツを掴んでしまったものの、非常に恥ずかしいというか、自分を情けなく思うのもあってどこに視線をやったらいいのかわからない。体温が高いのか彼はとても温かいし、何より顔が近くて落ち着かない。普段の身長差からの今の距離……近すぎる!
私が脳内であたふたしている間にも彼の足は歩みを進め、すぐに事務室の前に辿り着く。両手が塞がっていたらドアを開けられないのではと心配したけれど、それは杞憂に終わった。
金剛さんは私の足を抱えたほうの手で器用にドアを開け、さらに私が縁にぶつからないように丁寧にそこを潜る。一瞬もし誰かが中にいてこの姿を見られたらと焦ったけれど、今は運営さんも席を外しているようで、それもまた杞憂に終わる。
「じゃあ、ここに降ろすね」
「はい、ありがとうございます……」
ゆっくりとソファに降ろしてもらい、改めて痛めた足首を確認する。見た目は特に問題なさそうだけど、まだ少し違和感が残っている。
「えっと、こっちの足で合ってるかな」
「あ、はい。わざわざすみません」
どこからか湿布を持ってきた金剛さんが目の前に跪き、まるで壊れ物を扱うような手付きでそっと私の足に触れる。湿布を貼ってもらっている間――そのわずかな時間でも、私の心臓はトクトクと忙しなく鼓動を速めた。
「病院は? 一応行っておいたほうがいいと思うけど」
「いえ、少し捻っただけなので……! そのうち痛みも引くと思いますし」
「本当に?」
「はい、本当に!」
「……わかった」
真剣な表情で窺うように覗き込まれ、私も嘘偽りなく言葉を返す。そのことが伝わったのかそれ以上は追求されず、なんとか大事にはならなそうでほっと息を吐いた。
「それじゃあ、いま誰か他の人を呼んで……」
グゥ〜
「!」
金剛さんが立ち上がったちょうどその時、彼を引き止めるかのようなタイミングで私のお腹が音を立てた。
「ご、ごめんなさい!」
「ははっ、気にしなくていいよ。何か食べる? 簡単なもので良ければ作ってくるよ」
「え、でも……」
また余計な手間を掛けさせてしまう――そう思って言葉を詰まらせる私に、彼は「遠慮しないで」と優しく目線を合わせてくれる。
どうしてこの人は、こんなにも丁寧に私に寄り添ってくれるのだろう。いや、きっと私だけじゃない。困っている人が近くにいたら、迷わずその手を差し伸べるはずだ。
彼の穏やかな人柄と、低く落ち着いた優しい声。それらを前にすると、なぜだか素直にならなくてはいけない気がしてくる。
「えっと、じゃあ……金剛スペシャルを……。前にいただいたの、すごく美味しかったので」
「ああ、あれ覚えててくれたんだ。嬉しいよ。じゃあ、ちょっと待ってて」
彼は私の言葉を聞くと、かすかに照れを滲ませた笑みを浮かべて事務室を出ていった。
ああ、私はなんて現金な人間なのだろう。こんな状況なのに、再びあれが食べられると思うとわくわくが止まらない。
図々しくてごめんなさい。でも、すっごく楽しみです。私は心の中でそう呟きながら、彼が向かったであろうキッチンのほうへと手を合わせた。
***
しばらくして、「お待たせ」と金剛さんが戻ってきた。その手には、ほかほかと湯気が立ち上るお皿――金剛スペシャルという名の焼きそばが乗せられている。
「ありがとうございます……! あの、本当にお手数お掛けして申し訳ありません!」
「ははっ、そんなにかしこまらなくていいって。君が美味しそうに食べてくれるの、すごく嬉しいから」
彼はソファの空いている所に腰を下ろし、愛しいものを眺めるような眼差しをこちらに向ける。そのあたたかさはとても心地がよくて、けれどどこか面映ゆい。
私は騒ぎだそうとする胸を落ち着かせるため、外した視線と一緒に、受け取ったお皿を膝の上に置いた。そして、気持ちを誤魔化すように、立ち上るソースの香りを一気に吸い込んだ。
「はぁ……香りだけでもう美味しいです」
「あはは、ありがとう。美味しいって言葉は誰に言われても嬉しいけど、君に言ってもらえるのが一番嬉しいな」
「っ、」
一度落ち着かせたはずなのに、再び胸がギュン!と締めつけられる。既の所でぐっと言葉を飲み込んだけれど、危うく「結婚してください」と言ってしまうところだった。
「もう……だめですよ、そんな……」
「え、何がだい?」
おそらく彼は自分の発言が口説き文句になっていることに気がついていないのだろう。そんな少し天然なところも、私にとっては好感を抱く材料にしかならない。
頭の上にはてなマークを浮かべる彼を横目に、「いただきます」と手を合わせてから焼きそばを口に含む。
香ばしさの中にもほのかな甘さがあり、野菜の味もしっかり活きている。本当に、今まで食べてきた焼きそばの中でも一番と言える美味しさだ。そう思えるのは、きっと彼が作ってくれたものだからというのもあるのだろう。
「君のその笑顔を見ていると、すごく幸せな気分になれるよ」
躊躇なく紡がれる彼の言葉は、またもや私の胸に大きく響く。
「私も、今とても幸せです」
視覚も味覚も聴覚も、この空間に金剛さんと共にいることで確かな幸福に満たされている。不運だと思っていた足首の怪我も、今となっては幸運の始まりだったのだと、そう思わずにはいられなかった。
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