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宵の巫女
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シャン、シャン、シャン──···。
今よりも遥かな昔。
日が沈む頃、長い黒髪を束ねて舞う一人の巫女がいた。
人の気配すらしない山の奥深く。
林のはけた所は、夜の帳が降り始め、星がちらりちらりと瞬き始めていた。
宵の時間に舞うのは夜を歓迎する舞。
人々は口々にこう言った。
宵の巫女。
霊力が高く宵の頃から舞うのは村の人々の為の結界を張るため。
夜が訪れれば、闇に包まれた世界には妖が闊歩する。
そうならない為に、数刻の間、巫女は鈴を鳴らして軽やかに舞う。
そんな日々が続いた頃、季節は冬。
雪がシンシンと降り積もる中、舞終わった巫女は雪が降り注ぐ曇天の空を見上げて息を吐いた。
キーンと冷えた空気を再び吸えば、体の中から澄んだ気が満ちる気がした。
サク、サク、とつもり始めた雪を踏んで歩く。
ふと、視界の隅に何か見えた気がして、そちらに視線をやれば、白銀の雪に溶けるようにして白銀の毛艶が見えた。
「···」
(オオカミ?)
恐る恐る近づけば、ソレが人の形をしているのがわかった。
(妖···)
白銀の長い髪に、オオカミのような耳。
うつ伏せに倒れた状態の体には、薄らと雪が積もっていた。
薄らと呼吸はしているようで、背中がゆっくりと上下していた。
人型の妖は初めて見た。
「···、あのー」
ゆったりとした間延びした声。
巫女は妖に声を掛けたのだが、応じられる気力が無いのか、体も動かせずにそのままだ。
助けるか、助けないか···。
妖は人間よりも遥かに強い生き物だ。
放っておいても問題はないだろうが、ただ1つ体に傷つけられた血が目立つ。
この凍えるような寒空の下、放置するには虫が悪い。
幸いな事にも住んでいる家はこの近くだ。
「ハク、この妖を運んで」
巫女は使役している式神の白い鳥を呼び出した。
『コヤツは妖だぞ』
「うん。だけど、ほっとけない。雪ふってるし、傷も···」
『やれやれ、相変わらずだな。我が主は』
ハクはやれやれと身を大きくすると、クチバシをクイッとオオカミの妖の下にやり、背に投げた。
「···、ハク」
「うっ」と唸り声をあげたオオカミの妖の声に、巫女は困った。
『何、問題ない』
言うやいなやハクは巫女の家へ。
土間から床板の上に下ろせば、ハクは姿を消した。
巫女は神通力で囲炉裏に火を灯すと、瞬く間に部屋は暖かな空気で満たされた。
助けた妖は微動だにしない。
時折魘されているように、眉間に皺を寄せている。
「もう少し、頑張って」
巫女は怪我をしている脇腹に手を添えて、霊力を注ぎ込む。
こうしてやれば、瞬く間に妖の傷は癒え早々に良くなるだろう。
♦
妖狐蔵馬が目を覚ませば、視界には顔の整った巫女の女が視界に入った。
「傷は癒えました。早々にお発ちください。ここは人の住まう森の奥、人に見られたら···」
「何故、オレを助けた」
淡々と紡がれる巫女の声を無視して、蔵馬は問いかけた。
「···あなたがまだ、生きていたから」
「オレは妖だ」
「はい」
「放っておおけば良いものを···」
どこか全てを諦めたような声音に、巫女は金色の目を見つめたまま続けた。
「そうですね。妖相手にそうすれば良かったのでしょうが、私の縄張りでしなれても目覚めが悪いので」
「縄張り」
「私は宵の巫女。夜の帳に守護を持つ物ですから」
「···聞いた事がある。宵の巫女、高い霊力を持ち合わせていると、なるほど合点が行った。この傷も直せるとは···妖怪どもが喰いたくて喰いたくて探し回っている女が、まさかオマエだったとはな」
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