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『井波君の気まぐれ』バレンタインSS
今日はバレンタイン。となれば、当然過ごしたい人は決まっていて。
「なんですか?これ」
「あっ、それは、先輩から……」
冷蔵庫を開けた井波君の言葉に、私はちょっと言いよどんだ。帰り際に、部活の先輩から「いつもありがとう」って、チョコケーキもらったんだよね。
皆に配ってたものだし、やましいことなんて別にないんだけど、でもやっぱり今日、異性の先輩からもらったっていうのは気まずい。でも、ちょっとだけ、妬いてくんないかなとかやましい気持ちもあったりして。
「お菓子作りが趣味の先輩でね。なんてことないんだけど」
でも、結局、あいまいにごまかす。
井波君は「そうですか」と笑って流した。本懐遂げられず。私もちょっとむなしく「あはは」と笑った。
井波君は、それをすっと取りだした。「えっ」と、声を上げる。
「せっかくだから、いただきましょうか」
綺麗な笑顔に圧されて、私はうなずくしかなかった。
◆
沈黙が気まずい。さっきから、井波君は、ずっと黙っている。
紅茶を飲む姿は王子様みたいに優雅だ。本当に、この人が自分の彼氏なのかなって疑うくらい。でも。
「あの……」
「なんですか?」
「……怒ってる?」
井波君は、唇に笑みを浮かべて、尋ね返す。凪いだ泉みたいな瞳。
「どうしてそう思うんです?」
「えっと」
「あなたのために、いただいたケーキを出して紅茶をいれました」
「はい。美味しいです」
つられて敬語になる。私は身を小さくする。井波君はにこっと笑みながら、フォークを手にした。先輩からもらったチョコパウンドは、井波君の手によって、売り物みたいに盛り付けられていた。
「それで何故、僕が不機嫌だと思うのですか?」
「それは……」
きれいな動きで、銀色のフォークがケーキに沈む。
言っていいのかな。でも、この空気に耐えられない。私は思い切って口にした。
「ほかの人から、チョコもらったから」
カツン。
フォークがさらに当たる、硬い音がした。井波君は、きれいな姿勢のまま笑みを浮かべ、ケーキを崩して、じっと私を見ていた。
「わかってるんじゃないですか」
「あ」
「ひどい人」
凪いだ瞳に、うろたえた私が映ってる。いっそ何も見えなくて、怖い。
井波君は、ふっと笑って目を伏せた。井波君から、私が消える。
「帰ります」
「えっ」
そう言って、井波君は立ち上がってコートを手に取った。そしてそのまま、玄関に歩いていく。
「待って!」
私は、叫んで、井波君をひきとめた。
「行かないで」
何も応えてくれない。ただ静かに笑んだ顔のまま、私を見下ろしてる。私は泣きそうになった。嫌われたかも。
井波君は、靴を履きだす。本当に、帰っちゃうんだ。私は必死になって、冷蔵庫に走った。
そして、すでに玄関を開けてる井波君に、それを差し出す。
「これ……!せめて、チョコだけでも、受け取って!」
それは、手作りの生チョコだった。この日のために、練習して、満足いくものができた。今日、渡して、喜んでもらう予定だったのに。
自分が馬鹿をしたせいで、全部台無しになったことに、泣けてくる。
井波君はなにも言わない。
捨てられるかも。それはチョコなのか、私なのか、同じ意味かな。うつむいて、さしだした。
井波君の指先が、チョコに触れたのを感じた。目を開くと、ぐいっと引き寄せられた。
唇に、やわらかい感触が当たる。井波君の髪が重なる。
「っ……!」
息もできずに、目を閉じていると、ぎゅっと抱きしめられた。
そして、体を離される。
「井波君!」
井波君は、ドアを開けて帰っていった。
私のチョコを、手に取っていって。つめたい風が、ふきこんで消える。頬はまだ、火照ったまま。
了
今日はバレンタイン。となれば、当然過ごしたい人は決まっていて。
「なんですか?これ」
「あっ、それは、先輩から……」
冷蔵庫を開けた井波君の言葉に、私はちょっと言いよどんだ。帰り際に、部活の先輩から「いつもありがとう」って、チョコケーキもらったんだよね。
皆に配ってたものだし、やましいことなんて別にないんだけど、でもやっぱり今日、異性の先輩からもらったっていうのは気まずい。でも、ちょっとだけ、妬いてくんないかなとかやましい気持ちもあったりして。
「お菓子作りが趣味の先輩でね。なんてことないんだけど」
でも、結局、あいまいにごまかす。
井波君は「そうですか」と笑って流した。本懐遂げられず。私もちょっとむなしく「あはは」と笑った。
井波君は、それをすっと取りだした。「えっ」と、声を上げる。
「せっかくだから、いただきましょうか」
綺麗な笑顔に圧されて、私はうなずくしかなかった。
◆
沈黙が気まずい。さっきから、井波君は、ずっと黙っている。
紅茶を飲む姿は王子様みたいに優雅だ。本当に、この人が自分の彼氏なのかなって疑うくらい。でも。
「あの……」
「なんですか?」
「……怒ってる?」
井波君は、唇に笑みを浮かべて、尋ね返す。凪いだ泉みたいな瞳。
「どうしてそう思うんです?」
「えっと」
「あなたのために、いただいたケーキを出して紅茶をいれました」
「はい。美味しいです」
つられて敬語になる。私は身を小さくする。井波君はにこっと笑みながら、フォークを手にした。先輩からもらったチョコパウンドは、井波君の手によって、売り物みたいに盛り付けられていた。
「それで何故、僕が不機嫌だと思うのですか?」
「それは……」
きれいな動きで、銀色のフォークがケーキに沈む。
言っていいのかな。でも、この空気に耐えられない。私は思い切って口にした。
「ほかの人から、チョコもらったから」
カツン。
フォークがさらに当たる、硬い音がした。井波君は、きれいな姿勢のまま笑みを浮かべ、ケーキを崩して、じっと私を見ていた。
「わかってるんじゃないですか」
「あ」
「ひどい人」
凪いだ瞳に、うろたえた私が映ってる。いっそ何も見えなくて、怖い。
井波君は、ふっと笑って目を伏せた。井波君から、私が消える。
「帰ります」
「えっ」
そう言って、井波君は立ち上がってコートを手に取った。そしてそのまま、玄関に歩いていく。
「待って!」
私は、叫んで、井波君をひきとめた。
「行かないで」
何も応えてくれない。ただ静かに笑んだ顔のまま、私を見下ろしてる。私は泣きそうになった。嫌われたかも。
井波君は、靴を履きだす。本当に、帰っちゃうんだ。私は必死になって、冷蔵庫に走った。
そして、すでに玄関を開けてる井波君に、それを差し出す。
「これ……!せめて、チョコだけでも、受け取って!」
それは、手作りの生チョコだった。この日のために、練習して、満足いくものができた。今日、渡して、喜んでもらう予定だったのに。
自分が馬鹿をしたせいで、全部台無しになったことに、泣けてくる。
井波君はなにも言わない。
捨てられるかも。それはチョコなのか、私なのか、同じ意味かな。うつむいて、さしだした。
井波君の指先が、チョコに触れたのを感じた。目を開くと、ぐいっと引き寄せられた。
唇に、やわらかい感触が当たる。井波君の髪が重なる。
「っ……!」
息もできずに、目を閉じていると、ぎゅっと抱きしめられた。
そして、体を離される。
「井波君!」
井波君は、ドアを開けて帰っていった。
私のチョコを、手に取っていって。つめたい風が、ふきこんで消える。頬はまだ、火照ったまま。
了