jujutsu
name change!
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人間が衣服で着飾る限り、彼女の感性を活かす場所は世界じゅうあらゆるところに用意されている。だがそれは、呪術的に特異な体質でなければ、の話だ。
眼下で右を向いては左を向いてと忙しなくする、女の額を眺める九十九の目に憐れみの翳りはない。プレパラートの試料を検めるかのような無機質な光が掠めたのみである。それもまばたき一つの後に失せた。退屈に濁ったまなこが、女に訴え掛ける。
「まだ決まんないの?」
「もう暫くお待ちください。もう、暫く。」
九十九のめりはりのある肉感的な女体に、異なる色味、異なるデザインのジャケットが代わる代わる宛がわれる。一着宛ててはにっこり。一着宛ててはにんまり。あれやこれやと目移りする女の様子は、いとおしい相手で頭蓋の中をいっぱいにして贈りものを選ぶように、まったく楽しげにぴかぴかと輝いている。
「楽しそうね。」
これ以上急かすのは野暮に思えて、九十九は喉に控えさせていた文句をひと纏めにして、小さな溜息へと変換する事にした。
「先生はスタイルが良いので、何でもお似合いになりますねえ。」
赤色に染められた本革のライダース・ジャケットを片手に、ほう、と艶っぽく息を吐く。「あのさあ。」と。女の陶酔を、九十九は手を振って霧散させた。これは、遠乗りしようと伝えたら直ぐ様に用意された、黒色のサマーニットとジーンズを差し出されたつい先程も断った事であった。
「その、先生、ってのやめない? 性に合わないんだよね。」
「いいえ。助手の立場がなくなってしまいますもの。」
「自称でしょ。」
「お弟子さんが助手と認識してくれましたので、晴れて他称です。」
――葵め。九十九はげんなりとした表情を隠しもしなかった。
見て見ぬ振りをするかのように、女がしゃがみ込む。足もとでぱかりと口を開いているトランクケースは大きく、大の大人を一人、容易に閉じ込めてしまえそうな余程の収納性があった。その内装に築き上げた布地の小山の中からシンプルなデザインの黒色のライダース・ジャケットを取り出し、女がもう片手に持った赤色のライダース・ジャケットと比べる。
「お嫌なのでしたら、そうですね。由基様、と。」
「かゆ。」
態とらしい仕草で首筋を掻く九十九に、黙認の気配を感じ取ったのであろう。女は口もとを得意気にしている。二人は出会って間も無く、お互いに対して持ち得ている情報は少ない。だのに一手先に手玉に取られたようである。九十九は、僅かばかりの口惜しさで尖った視線を外へと逸らした。硝子を透かして窓の向こうの晴天を切り取る。雲一つ無く、太陽は頗る付きで元気と来た。真剣な眼差しでうんうんと唸り始めた女の手から、ひょい、と。赤色のライダース・ジャケットを取り上げる。
「そちらになさいますか。」
「うん。今日は日射しが強いから、黒だと暑そうだ。」
「思い至りませんでした。黒色は熱を吸収しますものね。」
「そ。少しでも快適にいこう。熱烈に抱きつかれるとそれはもう暑いものだと、この間、思い知ったからね。」
目蓋を伏せる女の猛省は、天候を考慮しなかった事についてか、初めてのタンデムの時に緊張から執拗にしがみついた事についてか。
九十九が自らの鳩尾の辺りをさする。数ヵ月前の、路上。初めて邂逅した日に、バイクに二人で跨がった。腹に回った女の腕は、その細さからは思いもよらない程に締め付けて来て、彼女の生命の力強さを象徴しているように思えた。その日も九十九は珍しく赤色のジャケットを着ていたと記憶している。
ぱちり、と。女が目蓋を開ける。サマーニットの上に赤色のライダース・ジャケットを羽織った九十九の姿を見るなり、大音声の拍手を送り付けた。
「先生は赤色がお似合いになりますね。赤が似合うのは美女の特権です。」
「それ、黒でも同じこと言ったよね。」
「はい! 先生は世界で一番の美女ですので!」
純真に笑う女に、九十九も飛びきりの笑顔で返した。「よしよし。」と満足げな声と共にジーンズのポケットから愛車の鍵を引き抜き、くるりと指先で一つ回す。それを合図にして、女の手は慌てて衣類とトランクケースを片付け始めた。
「じゃ、下で待ってるから。」
「四十秒で支度します。」
「ラピュタかよ。」
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