jujutsu
name change!
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「夏油先輩、居ますか。」
おずおずと廊下から教室内を窺う後輩少女の登場によって、家入が所用で出ている為、今は二人切りとなった教室はざわついた。――と言うよりも、五条が一人で囃し立てた。暇潰しには打って付けの玩具を見付けた、と言う瞳の輝きを隠しもしていない。
「ああ、あれか。」と口にした夏油は、思い当たる事柄に手引きされて椅子から立ち上がろうとする。その肩に即座に回されたのは、隣席に座っていた五条の腕であった。彼は神妙な顔付きで額を寄せると、内緒話でもするかの様に潜めた声で語り掛けて来る。
「傑、これは告白タイムだ。」
「断言しても良い。絶対に違う。」
「高専には曰く付きの木が一本どころか、二本も三本もある。これからそこに連れて行かれて告られるに決まってる。」
「……間違えて買ったって言っていたあの恋愛ゲーム、結局最後までやったのか?」
「今朝、漸く全員落とした。」
「わかった。寝てな。」
巻き付く腕を振り払って、夏油は少女の元へと向かう。
ようく見知った仲とは言えども、上級生の教室、と言う特殊な環境に置かれては縮こまってしまうのであろう。緊張で凝ったまどかな頬を解すべく、夏油は微笑み掛ける。釣られた少女が微笑みを返して来るようになると、その笑みは更に柔和なものとなった。
「待たせてすまない。」
「いいえ、此方こそお邪魔してしまって済みません。」
「そんな事はないよ。あれを返しに来てくれたんだろう。」
「はい! 凄く助かりました。有り難う御座います。」
ぺこりと腰を直角に折って恭しくも捧げ持っているのは、近接戦闘の訓練の為に借り受けた三節棍――游雲であった。態々そんな態度に出る事も無いのに。苦笑しつつ呪具を受け取った夏油は、手の平で少女の背に軽く触れて、こうべを上げるように促した。
「どうだった? 使い心地は。」
素直に持ち上げられた頭ではあったが、そこには、難問を与えられたかの様に酷く渋い表情が貼り付けられていた。
近接戦闘の際に素手では心許無いと不安そうにする彼女に、武器の使用を提案したのは、他でも無い夏油であった。言い出したからには面倒を見ると、手合わせの相手や高専所有の呪具の貸し出しの手配、そして所持する呪具の貸与迄、多くの世話を焼いて来たものだが――少女の顔面には、その期待を裏切る事が申し訳無い、とでかでかと書き出されている。実にわかり易い。稚気すら感じさせるこの健気さを放って置く事が、夏油には如何しても出来ないのであった。
「……三節棍は扱いにコツを要するからね。中々難しかったんじゃないかな。」
助け船を出してやると、「はい……。」としんみりとした首肯が返って来た。しかし、それから直ぐに、「でも!」と弾ける様な声が継がれる。廊下の木目の虜となっていた少女の視線は、跳ね上がると気丈な眼差しへと変わっていた。
「もう少し練習すれば、せめて使えるようにはなるやも知れません! 頑張ります!」
高低差の大きな感情が飛び出してぶつかって来たものだから、夏油は小さく吹き出した。危うい程に真っ直ぐである。否が応にも庇護の心が擽られるが、彼女の成長の為にもそれを抑えた。少女の薄い肩を、激励の心算でぽんと叩く。
「そうか。余り気を張り過ぎないように、と言いたいところだが……必要になった時は言ってくれ。いつでも貸し出そう。」
「ヒューッ! 惜し気も無く五億貸しちゃう傑くん、カックイー。」
突如として入れられた揶揄の横槍。それは少女がこれ迄に培って来た価値観のど真ん中を見事に貫いたのであった。
「ご、ごおくッ!?」
悲鳴が上げる。桁違いの数のゼロを浴びせられた少女の身体は、衝撃でくらめき、あわや頽れかけた。置いていた手を回して肩を支えると、夏油は教室の中から成り行きを見守っていた五条を叱咤する。
「悟。徒に気負わせるな。」
「知らないって知らなかったんだよ。こんなトコにいたら、当然知ってると思うだろ。」
「彼女には前歴が無いんだ。相場に詳しくなくても仕方が無いだろう。」
咎める様な双眸に真っ向から見据えられて、厄介そうに肩を竦める五条。斜に構えるその態度を見るに付けて、溢れ出そうな溜息を夏油は堪えた。後輩の手前だ。今はカバーする方が大事と見定めたのだが――「気にしなくて良いから。」と夏油が気遣うよりも一瞬だけ早くに、腕の中の少女が遠慮勝ちに手を挙げた。発言権を求められてしまったのである。
「あの……呪具ってどれもそんなにお高いんですか……?」
尋ねた少女の脳裏には、游雲を筆頭に、今迄に貸し出された呪具の数々がぐるんぐるんと巡っていた。これ迄、瑕疵を付けたり刃毀れこそさせなかったものの、万が一にも損傷などさせていたら、一生を懸けても弁償が叶ったか如何か。随分と遅れて知らされた驚愕の事実に、少女の顔は青褪めようとしている。
先程遮られてしまった言葉は未だ有用だろうか。そう思案している間に、夏油は又しても出遅れる事となった。
「ピンキリだよ。これは特級呪具――レアアイテムだからそれくらいするってだけ。」
冷や汗に塗れる少女を一瞥した五条が先立った。揶揄には、真実、悪気が無かったのであろう。そこ迄気にする事ではない、と言外に伝えているような心遣いが見え透く、そんな気軽な調子である。
「だとしても、そのように大層なもの……もしも壊してしまっていたら……。」
「ちょっと振り回しただけで簡単に壊れるモンでもねぇよ。特級舐め過ぎだろ。」
尚も言い募る少女に呆れ果てる五条の言に合わせて、夏油も頷いてみせる。
「それに、君ならば大切に扱ってくれるだろうと言う信頼あってこそだよ。」
少女の足元が安定した事を確認してから、夏油は肩に回していた腕を解いた。その際に、動転に次ぐ動転によって乱れた彼女の前髪に触れると、さらりと直してゆくのであった。
「……キザじゃね?」
「本心さ。」
台詞もだが、何よりもその仕草を見て取っての発言であったのだが、五条の意図は夏油には届いていなかった。恥ずかしそうに前髪を押さえる少女に、「ね?」と念を押す夏油の、疑うべくもない真摯な眼差し。それをひたむきに注がれた彼女は、遂に顔を伏せてしまった。
――そこから何某かの気配を感じ取ったのは、男の勘、と言うものなのであろうか。蒼い瞳がもう一度、サングラスの奥で愉快そうな煌めきを宿した。
「だったら、今から二人で曰く付きの木の根元にでも行って来いよ。」
「だったらって何だ。だったらって。」
「良い機会じゃん。木の根元でするやつ、やって来なって。」
にんまりと愉快そうに唇を吊り上げる五条に対して、夏油の顔には困惑の相がありありと浮かんでいた。
交わした遣り取りからその意味する所を察している夏油は扨措き、密談の内容を知らぬ少女は、何一つとして掴めやしなかった。故に、謎掛けであろうかと思考する。暫くして導き出した答えを先輩達に提出する顔色は、又もや、青い。
「……それって、死体を埋める、とかですか。」
それを受け取って、男二人は顔を見合わせた。
「傑、バッドエンドの回収おめでとう。」
「めでたくはないな。ハッピーエンドの為に、もう一度、挑むとするよ。」
「へえ。」
「だから後は任せて、悟は少し寝ると良い。」
「オッケー。エンディング入る前に起こして。」
話についてゆけない少女を置き去りに、五条はひと度、ひらりと手を振った。机に突っ伏して、腕を枕に寝入る体勢を調えると、後はもう一言も発する事は無かった。今正に寝息すら聞こえて来そうである。
一連の会話についての説明を求めようと、少女は夏油を振り仰ぐ。しかし、夏油は唇の前に人差し指を立てて、ただただ穏やかに笑うのみであった。
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