jujutsu
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学校内を当て所無くてくりてくりと歩いていると、道に何かが落ちていた。
見覚えが有るような、無いような。記憶の糸を辿る為にしげしげとそれを眺めて、数分。一つだけ思い当たった。
進路変更。これを落としたあの人がいるであろう場所へと、意気揚々と足を進める。
→ → → →
(狗巻棘)
この学校で如雨露なんて使う人物は、狗巻くんしか思い当たらない。そしてそれは大正解だった。
数有る花壇の一つ。その前で、何やらそわそわしていた狗巻くんに声を掛ける。視線をこちらに向けると、直ぐに私が手に持っている如雨露に気が付いたようだった。
聞けば、近くに水道が設置されていない花壇に遣る為に如雨露に水を汲み、歩いている最中、悟さんに呼び止められたそうだ。用事を言いつけられて、それを済ませるべく、荷物になる如雨露を一時的にあの場所に置いておいたらしい。そして戻ってみたら如雨露が行方不明になっていたので困っていたのだと。そう言ったニュアンスのおにぎりの具語だった。と言う事は、だ。この如雨露は落とし物ではなく、私の早とちりで落とし物として扱われてしまったと言う事であり。
「ごめん……余計な事をしたみたいで……。」
「こんぶ。」
首を横に振る狗巻くん。恐らくは、気にしないで、と言う事だろうか。気遣いが胸に沁みる。要らぬ手間を掛けさせたお詫びに、何か、出来る事はないだろうか。そう発起して、「これから何をするの?」と尋ねてみる。すると、液体肥料のアンプルを指と指の間に挟んで見せられた。狗巻くんがやると必殺仕事人の風格があって、何やら格好良い感じだ。遊び心を差し込まれて微笑ましくなってしまったが、今は置いておいて。狗巻くんはそれから、色めく花々に紛れる青々とした雑草の数々を指した。
「肥料を刺す前に雑草を毟る、と。」
「しゃけ。」
肯定なのだろう。ならば、小さな罪滅ぼしはここでしよう。
腕捲りをする狗巻くんに倣って、私も両の袖を折り折り。その様に、狗巻くんは首を傾げていた。疑問で彩られたまなこへ、「手伝うよ。乗り掛かった船だし、二人でやった早いでしょ。」、そう提案する。と、狗巻くんは着けていた軍手を俄に外し始めた。
一緒にやりたくない宣言、もしくは、雑草毟りを賭けた決闘の申し込みが来るのだろうか?思わぬ行動に、こちらもまた頭を捻らざるを得なかった。
真意を掴めずにいる私に、ずい。と。狗巻くんは、さっき迄自分が嵌めていた軍手を差し出して来た。
「――貸してくれるの?」
「しゃけ。」
この語彙は先程も聞いた。肯定だ。狗巻くんは簡潔にそう応えると、てくてくと花壇へと向かった。貸してくれるからにはもう一揃い軍手の用意が有るのかと思ったが、なんと、寄り道せずに花壇の傍にしゃがみ込んで、黙々と素手で雑草を摘み始めたではないか。
思わず、「流石に悪いよ!」と声が出た。それでも狗巻くんは、気にしないで、とでも言う様に、土の付いた手を軽く振った。ならば折衷案だ。急いで狗巻くんの隣へゆき、同じように屈んで、その手を取る。
「じゃあ、半分こしよう!」
無理矢理にだが、軍手の片方を握らせる。目を丸くした狗巻くんからは困惑した様な空気が察せられたが、暫くの視線のみの無言の遣り取りを経て、何とか軍手を受け取ってくれた。この場合は、返せた、と言うべきなのだろうが。
「……しゃけ。」
「それはこっちの台詞だよ。」
反射的にそう答えてしまったものの、今のは肯定は肯定でも、「有り難う」の意味で合っていただろうか。ちら、と傍らの表情を窺ってみる。
目元が少し、笑って見えた。
→ → →
(五条悟)
と言う事で、這う這うの体になって漸く悟さんを捕まえる事に成功した。
何しろこの人は神出鬼没で知られる。神出鬼没と言うのは己の都合で出たり消えたりするからこそ神出鬼没なのであって、こちらが願った所で現れてくれる訳では、決して、決してないのだ。それを今回、この広大な敷地を駆けずり回り、ほぼ一周する事で深々と骨身に刻んだ。寧ろ、日が暮れる前に発見出来た事は幸運なのではないか?そんな風にも思える。
「態々届けてくれてありがとね。序でにもう一つ見つけて来てくれる?多分、書庫にあるから。」
前言撤回。発見してしまった事は不運だった。と言うか、この落とし物と出会してしまった所から不幸は始まっていたのかもしれない。
「嫌です。もう夜になるし。」
「在処は高専の敷地内だから大丈夫、ダイジョーブ。それに、君、明日休みじゃん。多少の夜更かしも楽しいもんだよ。」
「夜更かしは美容の大敵なので嫌です。」
「大人の階段、上りたくない?」
「上った所で曲がり角が待ち受けているので乗り気になれないですね。」
「ちぇー。」
「探し物なんて頼まれても困ります。今回のそれは偶々拾っただけで、貴男を見つけられたのも走り回った成果ですから。犬かパシりと勘違いしないでください。」
そもそも私の術式は、別段、探査に特化しているものでもない。身体的にも、特別鼻が利くだとか、勘が冴え渡っているとか、そう言った事もない。探し物と言うならば、それが得意な伊地知さんや、それこそ恵くんの式神である玉犬に頼んだ方がより早く、そして確実だろう。この人は効率的な人だから、それがわからない筈もない。それとも、私でなければならない、何かしらの理由でもあるのだろうか。まあ、単純に、目の前に居るからと言う所だろうが。しかし、ややあって切り口となった、「まさか。」と言う彼の声音には、愉快さの様なものが滲んでいるようだった。
「僕の所に必死な顔で走って来るのがちょっと可愛かったから、もう一回見たかっただけだよ。」
「……性格が悪いですね。」
「で、頼まれてくれる?マジで嫌だってんなら伊地知に押し付けるけど。」
「……………………やりますよ。」
「このタイミングで引き受けるって、アブノーマルな性癖持ってるみたいでウケるね。」
「人の性癖を笑うな、じゃあなくて!頼みたいのか断られたいのかはっきりして貰えますかね!?」
「ハハッ、じゃあ頼んだ。これ、詳細ね。」
そう笑ってメモを手渡される。去り際に私の頭にぽんと手を置くと、悟さんはすたこらと何処かへ行ってしまった。
──もしかして、その探し物とやらを見つけた所で、行き先不明の彼を再び探し出さなければならないのでは。メッセージを送っても当てにならなかったし。
そう気付きはしたが、こうして私は、夜を前に、火照った顔にもうひと汗掻く事になったのだった。
→ →
(家入硝子)
一目で状況を把握してくれたようだった。家入さんは隈深くも──否。いっそ、だからこそ不思議と色気を感じさせるかんばせを弛めて、「入って。」と今の表情にそぐう声音で室内に招き入れてくれた。
「数が足りなくて、如何したものかと思っていたんだ。ありがとう。」
「如何いたしまして、です。」
「時間有る?お礼にコーヒーでも淹れよう。インスタントだけど。」
「頂きます。」
「ああ。そこら辺に座ってて。」
そう返事をしてから、家入さんは別室に赴いた。暫くして、芳しい湯気をふんわりと昇らせるマグカップを二つ持って現れたものの、一歩踏み出した所で、「あ。」と小さく声を上げて立ち止まってしまった。
「如何かしました?」
「ブラック飲める? つい、私が飲むのと同じように淹れちゃった。悪い事に、砂糖も置いていなくてね。」
「……頑張ります。」
「そうか。」
目の前に置かれたマグカップの中身は、成程。黒い。余程の甘党ではないにしても、コーヒーにはミルクと砂糖がお馴染みの私には些か、勇気が要る黒さである。
「……ちょっと飲もうか?それで牛乳入れる?」
「いえ、大丈夫です!いきます!」
ごくり、と豪気には行けなかった。意気地が無い事だが、極少量をちびりと口に含む。コーヒーが舌を濡らす。味蕾の反応に合わせて、眉間がぎゅうと寄った。
「ど?」
「…………大人の味です…………。」
「大人でもコーヒー風味の砂糖みたいなのしか飲めないのも居るさ。味覚に合っていないだけだよ。」
冷静な言葉に、よく見知った、眼帯を着けた大人が思い出される。確かに、あの人がブラックコーヒーを美味しそうに嗜む姿は想像が出来ない。外見はブラックコーヒー色なのに、余りにも似合わないと言うのは少し面白い。嗚呼、でも、髪はミルクと上白糖の色ではあるか。気を紛らわせる為に、苦味で結ばれた唇の中で取り留めもない事を考える。マグカップの中の黒々とした液体は、当然、なみなみと残っている。啖呵を切った以上は干したい。しかし、食指が動かない。すると、瞬きの間に眼前で睨み合いをしていた筈のコーヒーが消えた。何故。見ると、隣に立って様子を眺めていた家入さんが、私のマグカップを一息に呷っていた。
「何故!?」
「大人だから責任を取ろうと。今、牛乳を入れて作り直すよ。」
お陰様で空となった私の分のマグカップの代わりに、自分のマグカップを机に置いて、颯爽と来た道を戻る家入さん。先程の申し出の際にも思ったが、同性同士とは言えども、間接キスにまるで動揺しないなんて。
「大人だ……。」
→
(夜蛾正道)
そうは言ったものの、当ては見事に外れてしまった。如何やら私に探偵の才能は無かったようだ。肩透かしを食らい、さて如何するべきか、と考える。一般的に考えるならば交番に届け出るか、もしくは責任者に渡して処置を仰ぐべきだろう――と。噂をすれば影が差した。丁度前からやって来るのは、この学校の責任者である夜蛾学長ではないか!
かくかくしかじか、まるまるうまうま。拾った時間と場所とを伝えて、遺失物をお渡しする。この手に持っていた時はやや大振りに見えたものだが、夜蛾学長の手に収まった途端に随分と小振りに見える。手の大きさがこんなにも違うものか。
こちらの用件も済んだので、それでは、と辞去しようとすると、「待ちなさい。」と制止の声が降り掛かった。振り返る。
「袖のボタンが取れかけている。右の第一ボタンだ。」
「嗚呼、本当だ。」
「つけ直そう。直ぐに終わるから、脱がずに、その儘。動かないように。」
そう言うと、夜蛾学長は懐から携帯用のソーイングセットを取り出した。傀儡呪術学の第一人者にして、手が空いた時には呪骸作りに勤しむ呪術師は、日頃から身を包むものには特に目敏く、抜かりがないものなのだろうか。「出来たぞ。」手持ち無沙汰になる暇もなく、ものの一分で知らされた。言葉通り、直ぐであった。袖を見遣る。新品同様も良い所の、惚れ惚れするような奇麗なつけ方である。私がやったらこうはいかないであろう事は胸を張って言える。「有り難う御座います。奇麗です。」つい口に出た。「……ああ。」思わぬ返答だったのか、言い淀まれた。
すると、私の後方から、夜蛾学長を呼ぶ伊地知さんの声が聞こえた。何某かの会議か会合か、そう言うものに赴く所だったのだろう。とんだ足止めをしてしまったものだ。今度こそと、ぺこりと頭を下げる。
「お忙しい所、済みませんでした。」
「いや。気を付けて帰りなさい。」
のすのすと堂々たる歩みで廊下をゆく夜蛾学長。拾得物は伊地知さんに引き継ぎがなされるだろう事は、容易に想像がついた。伊地知さんにお任せすれば大丈夫だろう。持ち主も見つけてくれるに違いない。それにしても、気を付けて帰りなさい、とは。学校の敷地内で生活する身に掛けるには面白い言葉だが、不思議と胸があたたかくなる言葉でもあった。
何だか足取りが軽い。私は素直に帰途に着く事にした。
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