マイクロノベル
記事一覧
【蟹】蟹ですから
20240905(木)15:28「解放された気分だよ」
「何から?」
「この世全てのしがらみから」
「すぐそういうこと言う。まあ解放したのは僕だけど」
「蟹だなあ」
「蟹ですから」【蟹】夢を追うなら
20240729(月)20:25いつも夢を追って生きてきた。
夢の先がどうなるかなんて、考えたこともなかった。
夢が追えなくなったとき、それは██の██だった。
こういうときは泣けないものだと聞いていたが、私は泣いた。
『劣勢の蟹』。
人生が劣勢になったときに助けてくれる。
そういったものがあると聞き、私は探すことにした。
四方八方探したが、蟹はいない。
いつしか、蟹を探し出すことこそが私の夢になっていた。
薄々感じていた。蟹などいないと。
「ほんとにそう思った?」
ば、と振り向くと、そこには――
―――。【蟹】七夕のあくる日
20240708(月)18:16「蟹」
「うん?」
「昨日、商店街のとこ、七夕の短冊あったろ」
「あったね」
「あれ、何書いた?」
「えっ」
「お前も書いてただろ?」
「君は何書いたんだったっけ」
「おい忘れたのか。〝この生活がずっと続きますように〟だよ」
「あら~いじらしい」
「…………」
そういえば、蟹にはあの短冊、見せていなかったような。
「蟹ぃ……謀ったな!」
「謀ってませ~ん。ちなみに僕は〝相方が元気でいられますように〟だよ」
「なんだその優等生な回答は」
「蟹としては普通じゃない?」
「そうかな」
「そうだよ」
「そうかあ……」
俺はため息を吐き、空を見上げた。
「短冊、もう片付けられたんだろうか」
「だろうね」
「そうかあ……」
見上げた先には青空が広がっていた。忘れ物
20240706(土)17:43『近頃忘れ物が多い。席を立つだけで何もかもを忘れてしまう。脳がどうとかいうドラマがあったがおそらくこれはそんな大したものではなく、寝不足からくるものであろう』
『と思っていた。』
『忘れ物の範囲は広がっていった。それは私の家族にも及んだ』
『何かを忘れ去るウィルス、のようなもの』
『それに私はかかってしまったらしい。』
『ウィルスは猛威をふるい、社会全体が何かを忘れた。』
『忘れたかったものが何かは知らない』
『何かを忘れたのだ。』
『白い空間で、よかったね、と声が聞こえた』
『それで全部おしまいだった。』
〔おわり〕【蟹】うすいさいふ
20240705(金)20:34「今日も元気だ財布が薄い」
「何言ってるの、蟹社会で財布はいらないよ」
「じゃあ何使ってるんだよ」
「蟹ペイ! 今度スーパー一緒に行こっか」
「うん」
ちょっと嬉しかった。【蟹】「ネタが思い付かない状態」
20240703(水)20:11「蟹」
「ん~?」
「小説のネタが思い付かないんだ」
「きみいつから小説書いてたっけ!? 知らなかったよそんなこと、」
「今日」
「だよねえ!?」
蟹がハサミをちゃきちゃきさせる。
「『ネタが思い付かない状態』を切ってあげようか?」
「そうすると、どうなる」
「ありとあらゆることがばらばらに思い浮かんで止まらなくなるよ」
「ヒエッ怖い!」
本当に怖い。
「遠慮しておきます」
「しなくていいのに~! 便利だよ~!」
「いいよ……自分で頑張るから」
「えらいえらい!」
蟹はにこ! と笑った、ような気がした。【蟹】ボードゲーム
20240630(日)15:58「今日も雨~? 雨でできる遊びなんて限られてるよ」
「室内でできる遊びってことか」
「そう!」
蟹はハサミをぴしっと上に上げた。
「ということで、今日は室内遊びを極めよう!」
「え~面倒臭い」
「くっ……そう言われてしまっちゃ仕方ないね」
空中から大きめの箱を出す蟹。
「黒と白! 聞いて驚け見て笑え、」
「オセロか」
「最後まで言わせてよお~」
オセロにはいい思い出が無い。そもそも俺は負けるのが嫌いで、オセロで勝ったことが数えるほどしかない。
「オセロは嫌いだ」
「まま、そんなこと言わずに」
「接待プレイならいらないぞ」
「んん~……わかった」
蟹はオセロを空中にしまう。
「君、もしかして勝ち負けのあるボードゲーム系が苦手かい」
「ああ」
「あ~やっぱりね……だから乗り気じゃなかったのか」
窓の外では雨が降っている。
「きっと嫌な思い出があるんだろうね」
「……わかるのか」
「蟹ですから?」
ドヤ、とつきそうな姿勢をとる蟹。
「絵でも描いて過ごそうよ」
「ああ、そうだな」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
◆
蟹にはほんとは君の思考が読めちゃう、なんて言ったら君は泣いたり怒ったりするだろう?
だから今日は黙っている。
今日も、その次の日も、ずっと黙っている。
僕たちが生を終えるまで。【蟹】雨の中、歌うやつ
20240629(土)19:01「雨!」
「止めるな蟹よ俺はシンギング・イン・ザ・レインするんだ」
「駄目です」
ベランダに立ちはだかる蟹。
「出るなら玄関から。出るなら傘持って。出ないなら出ない」
「はい……」
俺は素直に従った。
「あれ……出ないんだね」
「雨の日に外出るのって嫌だろ」
「人間はそうだよね」
「蟹はそうじゃないのか」
「川出身ですから」
えっへん、と甲羅を張る蟹。
「それより君、歌いたいんじゃなかったのかい」
「あの歌は雨の中で歌うからこそ価値を持つんだ」
「そんなこと言ってると各方面から怒られるよ」
「えっごめん」
「各方面には僕が謝っておくから君はベランダで傘持ってシンギングしときな」
「謝るの!?」
「冗談でした~びっくりした?」
「マジかと思った……こわ」
こわ。【蟹】新しいSNS
20240628(金)17:04「蟹~」
「なーに?」
「新しいSNS始めたんだ」
「それは」
「『蟹好き』ってやつ」
「ああ『蟹好き』ね、知ってるよ。この地方のヒトが開発したという」
「そう、■■くに……じゃなかった、■■地方の」
蟹が来てから社会体制が刷新され、「国」がなくなり「地方」のみになった、そのことを俺は忘れていた。
まあ、大したことではないので流す。
「『蟹好き』は迷っちゃう性格のヒトには厳しいって聞いたけど、うまくやれてる?」
「まだ一日目だからわからないな。でも、楽しいぞ」
「いいね。『まるで蟹』とか『ほぼ蟹』とか『完全に蟹』ってスタンプがあるの知ってる?」
「勿論。俺も蟹のこと好きだからさ、真っ先に検索したよ」
「僕のこと好き?」
「えっ今のは言葉のあやというもので」
俺は両手の人差し指をぴしぴしぴしとくっつける。
「かーわいい!」
そう言って、蟹は笑った。【蟹】眠気と蟹
20240625(火)19:52