イミフマンズ

エセ救世主は買い出しに行った

2023/04/15 21:27
マイクロ霞
「――腹が膨れてるときに買い物に行くべきじゃないよなァ」
 言葉を投げる、緑の男は光の無い目で“それ”を見る。
「………………」
 返らない。
「何か言えよ」
「……何を」
 低音が返る、緑の魔は少し目を細める。
「大変だなあ、とか。言うことないのぉ?」
「無い」
 即答、濃紺の影は言う。
「ハ……つまんない奴」
「………………」
 再び返る無言に魔のものは、
 “じゃあ続けるが”と投げて、視線を反らさぬままで。
「じゃあ続けるが、俺……買い物行ったんだよね」
「………………」
「切れてるだろ。水分」
 無言。
「ついでだ、壊血病を防ごうと思ってフルーツ探したんだ」
 無言、
「あったよ、お前の好きな――イチゴが」
 無言。無言、
「セールだった」
「…………それで」
 静音が途切れる。
 促す“魔王”。
「――半額だ。けどよ――まあ。当然、半額なんて値付けられてるだけはある」
「…………ああ。」
 何の色も無い声を落とす。
「そう。――まあ俺が腹減ってりゃ買ってきてたんだろうがな。ざんねんだったな!“未覚醒”」
「…………ハ」
 その時初めて僅かな高揚を見せる、男は濃紺。
 『“未覚醒”魔王』。
「ねェ? 魔王サマ――“おれの名”呼んでくれないの?」
「互いに名を持たぬもの同士、“名を呼ぶ”など。――滑稽だと思わんか」
 未覚醒魔王は暗褐色の瞳をゆるり、と相手に向ける。
 正面から合う、暗褐色と鮮烈な紅。
 『“偽物”エセ救世主』は動じない。
「ハハ……やっぱ面白いよ、お前」
 にや、と「いつもの笑み」で溶かすように距離を詰める、
「つまらんな、貴様は」
 僅かにも動かず、落とす魔王。
 マイナス評価、濃褐色の視線を受けた鮮烈な緑青、“魔のもの”は愉快そうに笑った。
「そうだといいねえ……!」
 無。
 堕ちた黒は虚無の中、何も。
 ただ何も、
 ――無い。
 夢と現のあわい。
 雨の降る日の夜だった。

 #イミフマンズ [断章]

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