短編小説(2庫目)

 電話。がかかってくるのは遠い昔のことだった。
 夢を見る。
 電話がかかってくる夢。
 夢の中の電話はいつも俺を叱責する。

『どうしてうまくやれないんだ』
『お前の態度が悪すぎる』
『本当に反省しているのか』
『態度で示せ』
『笑ってはいけない』
『泣いてもいけない』
『言われたとおりになぜできない』

 多すぎるクレームに俺は頭がいっぱいになって、ぐるぐるぐるぐる、うずくまる。
 それでも電話は鳴り止まない。
 鳴っている。鳴っている。

 暗い気分で目を覚ます。電話はもうない。
 とうに過ぎたことなのに、どうして今でも悩まされているのだろう。
 もう、終わった話なのに。

 用事で電話をかける、そうすると思い出す。
 夢の中のように怒鳴られるんじゃないだろうか。
 どうして。どうして。
 あらゆる叱責がシミュレートされ、心がぐしゃぐしゃにされて丸められてプレスされるような心地、そうして電話がつながる。
 果たして叱責は、されない。
 電話が終わって息を吐く、今日は大丈夫だった、しかし次はどうなるかわからない。
 恐れが消えてくれないのだ。
 遠く、ずっと遠くから俺を呼んでいる。
 忘れるな。
 私はいつも側にあり。
 信じよ。
 されば救われん。
 それが嘘だと知っている。あれは終わった者の声。力を失った■の声。

 それでも毎日夢を見る。

 鳴っている、電話が鳴って、
 目を閉じる。
 鳴っている。
 消そうとしても消すことはできない。
 綺麗に収まらないのだ。
 片付かない。
 俺はいつまでもこのままなのだろうか。
 力を失った■が呪いのように呼び続ける声。
 夢は怖い。夢は呪いだ。
 そんなことを思いたくなんてないのに。
 支配される夢。操られる夢。
 信仰を捨てたことに負い目がある、きっとそうだ。だからこんな夢を見る、あんな声が聞こえる。

 引きずっている。
 電話が鳴っている。
 負い目はまだ捨てられず、
 月を見た。
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