短編小説

 曇天、北風が吹く。
 世はハロウィンで湧いているようだが、友達のいない俺には関係ない話だ。
 10月31日。週の真ん中である水曜日を俺は午後休にしている。今日も講義が終わって、昼ご飯を何にしようか考えているところだ。
 食堂はどうせいっぱいだから、コンビニで何か買って家に帰って食べるか。本でも読みながら。そう思いながら西門から出る。
「う」
 思わず声が出てしまう。午後からの講義を受けに大学通りを歩いている人たちの半分ほどが、仮装していた。
 マントを着ている者、仮面を被っている者、段ボールで鎧を作って着ている者までいる。
 まさかそれで講義に出る気じゃないだろうな。
 仮装している者たちは皆楽しそうで、この地方の冬シーズン特有の鉛色の空などは気にも留めていないようだった。
 仮装集団を視界に入れぬようにして、落葉でいっぱいの地面を見ながらのろのろ歩く。
 ああ、楽しそうだ。本当に。
 対して俺はどうだ。なんだかよくわからないがすぐ重くなる心に、変わらぬ日常を過ごそうとしている。本なんか読もうとしたってすぐ気が散ってしまってろくに読めないことはわかっているのに。こうして帰っている時は読む気でいられるが、家に帰ったらどうせ何もしたくなくなるに決まっている。
 灰色の雲を恨めしげに睨む。心が雲に同調しているかのようだ。
 こんな天気、いつ降ってくるかわかったものではない。
 一応鞄の中に折りたたみ傘は入っているが、大学に留まらずに帰路についたのは賢い選択だったと思う。
 そういえば、ラーメンのストックが切れていた。
 俺は帰り道にあるドラッグストアに入る。一直線にインスタント食品のコーナーに向い、袋ラーメンを買い物かごに入れてレジに向かおうとして、足が止まった。
 焼きチョコレート。だし味のポテトチップス。かりんとう。フルーツラムネ。
 俺の好物だ。
 今日はハロウィンだからか、おやつががたくさん売られている。
 ビーフジャーキー。鮭とば。焼きクルミ。アーモンド。
 たくさんのおやつを眺めていたらなんだか目がちかちか、頭がぐるぐるしてきて、気が付いたときには俺はおやつを片っ端から買い物かごに詰め込み、会計をし、昼食も買わずに真っ直ぐ部屋に帰っていた。



「ハッピーハロウィーン」
 おやつの袋を並べた部屋の真ん中で、実習で使うヘルメットを被って俺は一人声を上げた。
 複数の袋をハサミで同時開封する。
 他の袋は置いて、ビーフジャーキーを口に入れた。
 干し牛肉と胡椒が渾然一体となったドライな香りが口いっぱいに広がる。
 噛む。
 塩と肉の味。
 しばらくもぐもぐと噛む。
 飲み込む。
 もっと食べたくなったので、二枚重ねて口に入れたら口の中がいっぱいになった。
 もしゃもしゃと咀嚼する。
 食のパラダイスだ。
 もう二枚口に入れたところで、ピンポン、とチャイムが鳴った。
 どうせ勧誘か何かだろう。放置して咀嚼を続けていると、おういと呼ぶ声。
 大いに聞き覚えがある声に、慌てて受信機のボタンを押して返事する。
「ふぁい」
「来たよ」
 学科の同期だ。なぜここに?
 ともかく俺は玄関まで行き、ドアを開けた。
「よう……って何、昼食中だった?」
 こくりと頷く俺。
「俺はもう食べてきたけど、まあ待つぜ」
 何を?
 怪訝そうな俺の表情に気付いたのか、同期は続ける。
「今日、昼から一緒に課題する約束してただろ?」
 あ。
 俺の脳内に衝撃が走る。
 一週間ほど前にした約束だったが、完全に忘れていた。というか、冗談のように言われた言葉だったので、本気にしていなかったのだ。
 もぐ、と咀嚼する。
「まずはその口の中の物飲み込んじゃえよ。上がるぜ」
「うん」
 六畳間に通じるドアをくぐる。
「うお、すごいな。ハロウィン?」
「うん」
「実は俺も持ってきたんだよね、お菓子」
 そう言って、鞄から袋をがさがさと取り出す同期。
「ほら」
 そこには隣の県でしか売っていないおいしいラスクの詰め合わせが入っていた。その昔、親戚のおみやげでもらったときに非常に上品かつ繊細な味で感動したためはっきり覚えている。
「……」
 俺は感謝の目で同期を見た。もっと仲が良ければ両手で握手をしたいほどだ。
「お、嬉しそうだな。喜んでくれてよかったよ」
 口の中の物を飲み込む。
「ありがとう」
「いえいえ」
「ここにあるお菓子、食べていいよ」
「いいのか? これお昼ご飯じゃないのか?」
「いっぱいあるし、たぶん食べきれないだろうから」
「おう、サンキュな。ってかお前、なんでヘルメット被ってんの?」
「え」
 なぜ被ったのだろうか。強いて言うなら頭がぐるぐるして被らなければという気になったからなのだが、説明になっていない。
 俺が黙っていると、
「あ、仮装?」
 そうか。
 そうか、と俺が言うと、同期は笑った。
「じゃあこの焼きチョコ貰うぜ。パーティーだパーティ。っていうか暖房つけてないのかよ。つけようぜパーティなんだし」
「あ、忘れてた。つけるね」
 ピ、とリモコンを操作する。
 暖房がついた。
「ハッピーハロウィン。トリートトリート」
 言いながら、同期が俺の膝にラスクを積み上げる。
 なんだか友達同士みたいだなあ、と思いながら俺はトリートトリートと返し、同期の膝にフルーツラムネをばらばらと置いたのだった。


(Happy Halloween!)
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