短編小説(2庫目)

 失われたものが遠く、ある。
 そこにあるのかどうかはわからない。振り返っても見えないのだ。
 だがしかし、失われたものは確かにある。
 何が失われたのかはわからない。失われたことしかわからない。
 いつの間にか、死んで、いなくなっていた。
 「不在」だ。失われたものは不在、それがずっと続いてきた。
 失われたものが居たころのことを思い出そうとしても記憶はおぼろげで、靄に包まれた森が広がっているだけ。
 森は深い。
 覗き込んでも何も見えず。
 生きているのかいないのか、確かに己の記憶のはずなのに、別の生き物のようだった。
 それは森で、ひょっとすると森でないものかもしれなくて、それであるということがわかってさえいれば究極どちらでもいいのだが、失われたものはおそらく、本物の森なのだ。
 本物の森は全てを明らかにする、なぜなら本物の森は明らかなものだからだ。
 靄がかかって何一つ見えないまやかしの森とは違うもの。
 まやかしの森。つまり俺の記憶はまやかしなのか?
 似たようなものだ、と思う。森も森でないものも、まやかしもそうでないものも、それが失われたもの、見えないものなら全ては同じ。
 ゼロになる。
 存在しないのだ。
 失われたものだから。
 だから俺はここに居る。
 待っているのだ。
 そのときが来るのを。
 何が起こるのかはわからないが確実に確からしく、新しく、開けている、海。
 森でないものは、海の夢を見ている。
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