短編小説(2庫目)

 俺は森を作ろうと試行を繰り返す人間だった。
 人間だった、かどうかはわからないが、とにかくそういう存在だった。
 どういう条件を揃えれば森が再現できるのか、条件を変えながら繰り返す。
 しかし再現された「森でないもの」に■を動かされてしまってその度に試行がだめになる。
 繰り返した、繰り返した、それでも至れない。
 森を作ろうとすることは間違っているのか。
 森を作るなど不可能なのか。
 そうしているうちに保管庫には大量の「森でないもの」が積み上がる。
 理想のものでは決してないが、全て大事な実験体だった。
 ときどきそれの世話をしてやって、食事、メンテ、間伐、その他諸々。
 いつしか森を作ろうとする時間よりも「森でないもの」と接する時間の方が多くなっていった。
 森でないものとの生活はそれなりに楽しく、目的と違う毎日だが悪くはなかった。
 しかしある日、忌み子が生成された。
 それは■を掘り返し、全てを明らかにしようとした。
 俺は焦った。侵食されてゆく。他の「森でないもの」たちには保護殻があるからよかったが、俺は生身だ。情報は表面から浸透し、侵食されてゆく、暴かれてゆく。
 忌み子も同じ「森でないもの」、平等に接さなければいけないし、貴重なサンプルゆえ破壊は許されない。
 だからそれは仕方がなかった。俺は忌み子を「封印した」。
 厚い防護壁とファイアウォールを備えた専用保管庫を別に作り、そこに忌み子を安置する。
 こうすれば俺への影響はないし、万が一他の森でないものたちを侵食するようなこともない。
 俺は安心し、いつもの業務に戻った。
 その日から、森でないものたちはどこかそわそわした様子を見せるようになった。
 解析するに、どうも自分たちが「森でない」ことを気にしているようで。
 ――自分たちは森ではない。
 ――森であるものは他にいる。
 ――見ろ、見ろ……見ろ。
 森でないものたちが森でないのは当然だったが、他に森であるものがいるとはどういうことだ。
 指し示す可能性は、あった。到底認めたいものではないが。
 しかしもしそれが本当にそうなら、それであることの説明がつく。
 忌み子。
 本物の「森」であるから侵食能力を備えていた。
 本物の「森」であるから強く、自律し、改変を行う。
 もしそれが本当だったとして、俺はどうすればいい?
 森を作ることが目的だった。
 いざできてしまった本物の森が「あれ」だったとしたら。
 俺はどうすれば。
 森でないものたちはざわざわと発信する。
 ――あれこそが「森」。汝が求めし不安定の化身。
 ――見ろ。見ろ。……見ろ。
 俺は。
 ぼんやりとした頭でふらふらと、封印された保管庫に赴く。
 森は。
 いた。
 保管庫の中央、防護壁とファイアウォールの向こう、それでもなお強く感じる気配。
 森。
 そうだ。
 これこそが。
 俺はふらりとそれに近付く。
 途端、頭が、記憶が、何もかもが「明らかになろうとする」。
 走馬燈のようだった。
 森は俺を見ている。
 森は。
 森は。



 目が覚めたとき。
 森はいなかった。
 防護壁の中は空っぽ。どこを探してもいない。
 森でないものたちに問うてみても、知らぬ、あいつは出て行った、の一点張り。試行記録を見てみても、焼け焦げた灰があるばかり。
 森はいなくなった。俺を残して。
 俺は再び試行に戻る。
 森を作ろうとしている。
 毎日毎日条件を変えて、試行を繰り返す。
 それができたらどうなるのか、俺は知らない。
 けれども出て行った森が一人ではなくなるのなら――
 それができてもいいのではないかと。
 毎日毎日繰り返す。
 森はまだ、できない。
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