短編小説

「異邦人がいないかどうか確かめようとしたんだ」
 意味不明の言い訳を繰り返す友人に呆れながらペットボトルの無事を確かめる。
 僕がどこかの店でもらってきた貴重なペットボトル。
 中身はそんなに貴重じゃない、家で沸かしたお茶です。
 もらったときのエピソードが重要で、僕が落ち込みながら歩いていたら店のおばちゃんが「あんたそんなに落ち込んでるならほら、このお茶あげるから飲みぃ」と言って僕にくれた、その事実が大切なんだ。
「でも異邦人が……」
「今どき異邦人なんているわけないだろ、意味不明なことを言うのはやめてくれ」
「その中には異邦人が入ってるんだよ! 信じてよ!」
「異邦人がペットボトルの中に入ってるわけないだろ」
『どうも、異邦人です』
「……今何か言った?」
「後ろ、後ろ!」
 僕が後ろを振り返ると、
『異邦人と申します』
 お茶まみれのなんかよくわからない人間が立っていた。
「あなた誰ですか、どこから入ったんですか」
「自分で異邦人って言ってるじゃん! 異邦人だよ!」
「見知らぬ他人のことを異邦人と決めつけるのはやめろ」
『私は異邦人なんですが』
「とにかくそのお茶拭いてください、床に垂れる。はい、タオル」
『異邦人に親切にしてくださりありがとうございます』
「いいから拭いて」
『はい……』
 よくわからない人間は僕の渡したタオルを使って頭とか身体とかを拭いた。
「お風呂使います?」
『異邦人はお湯に溶ける性質があるのでお風呂には入れません』
「追い炊きしてないから水ですよ。水に入ったらいいでしょう」
『水は冷たい』
「じゃああなたはいつもお風呂どうしてるんですか」
「異邦人と会話するのやめなよぉ……」
「異邦人じゃないっつってるだろ」
『異邦人です』
「あなたもわけのわからないことを言うのはやめて、真面目に話してください」
『だから異邦人だと言ってますのに』
「いいですか、今の時代に異邦人なんてものはいないんですよ。同質化政策が実施されて皆同じになってしまったんですから異邦人であってもそれは同質、従って異邦人という名前自体使われないんですよ。仮にあなたが異邦人だとしてもあなたは僕や友人と同じなんですから異邦人ではないんです」
『はあ。どうもこの星はよくわかりませんね』
「それであなたはどうして僕のペットボトルから出てきたんですか」
「異邦人が僕たちを困らせようとしてペットボトルに入ってたんだよ!」
「知らない人を悪し様に言うなよ、常識だぞ」
『ははは。ご友人が疑われるのも仕方がない。しかしこれだけは信じてほしい、私はあなたを困らせようとしてペットボトルに入っていたわけではないのです』
「じゃあどうして!」
「こら、丁寧に話せよ。知らない人だぞ」
『地球の水の捜査をしようとして水に溶けていたところ、取水されてしまいましてね。浄水は免れたのですが気絶してしまい、あなたのおうちで沸かされてしまってお湯から出られなくなって挙げ句の果てには蓋を閉められこのざまです』
「それ、僕がお茶を飲んでたらどうするつもりだったんですか」
『それは企業秘密です』
「寄生して操るつもりだったんだ!」
「わけのわからないことを言うのはやめろよ。そんなことができるはずないだろ」
『ふふふ……』
「やっぱり怪しいよこの異邦人!」
「無闇矢鱈に疑うのはよくないぞ」
『しかしまあ、こうして助けていただいたことですし、私はこのまま去りますよ』
 アデュー、と告げられ次の瞬間ぽん、という音がして、よくわからない人物は消え失せた。
「消えた! やっぱり異邦人だったんだ! 政府に突き出さないと!」
「物騒なことを言うのはやめろ。それにもう行ってしまったんだから突き出しようがないだろ」
「そうだけどさー……」
 口を尖らせる友人の肩をぽんと叩いて、
「さあ、もう夜だし寝るぞ。明日は早い」
「何があるの?」
「学校だろ」
「そういえば明日平日だったね……あーあ、ずっと休日が続けばいいのになー」
「仕方ないだろ。今の時代になっても僕たちは週休二日という制度から逃れられないんだ。習慣だから」
「習慣って怖いね」
「全くだ」
 そして僕と友人はお風呂に入って寝た。

 次の日。
「ねーやっぱりそのペットボトル怪しいよぉ」
「何を言う、もらいものだぞ。しかもお茶は今朝沸かしたばかりの新しいやつだぞ」
「ちょっと蓋開けていい?」
「あ、ちょっと、やめろ」
 ぽん。
『どうも、異邦人です』


 ~おわり~
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