短編小説

 まやかしがどこにあるのかを考えても、まやかしについて知ることはできない。
 俺の世界認識を薄く広く覆っているそれがまやかしなのだと考える。
 それでもそれを理解してしまえばまやかしはまやかしでなくなり、ただの思想の集合体と化す。
 世界認識を覆っているそれ。
 深い絶望と、薄っぺらい希望。
 絶望は真実、希望はまやかし。
 絶望はまやかし、希望は真実。
 果たしてどちらが本当なのか。
 ひょっとするとこの状態こそが一番のまやかしなのかもしれないと思いながら、だんだんわからなくなってゆく。
 化かされている。
 何に?
 自分自身に?
 世界に?
 化かしているものもまやかし?
 随分と前から、視界の端を飛ぶ蝶。
 ひらひらひらひら。
 蝶はまやかしという言葉をいつか聞いた。
 ひらひらと飛ぶ姿が儚げに見えるから、そう言われるのであろう。
 本物の蝶は触れると手に鱗粉が付く。
 捕まえようとしたことはない。捕まえようという気が起こらないのだ。
 どうせ無理だろう、という気持ちが強く心に根付いている。
 あの蝶を捕まえようとすることは無駄。
 わざわざ虫取り網を買うのも面倒だし、そんなことのためにお金を使いたくない。
 ひらひら飛んで気を散らす以外は特に害はないわけで。
 蝶がいるから気が散るのか、それともそれ以前から気が散っていたのか。
 集中が途切れると何もできなくなる。それこそ何も。
 新聞を読むことも、キーボードを叩くことも、食事をすることも、勉強をすることも、何もかも。
 残されているのは眠ることだけ。
 それなら蝶は眠りの化身なのだろうか。
 さすがにそれは飛躍しすぎた。蝶は蝶でしかない。
 そこに意味を求めることそのものがまやかしなのだ。
 では蝶はまやかしなのだろうか。
 蝶は俺にははっきりと見えていて、現実、事実、ならは蝶は俺にとってはまやかしではない、いや、まやかしという言葉はそもそも第三者的に発せられるもので、それなら蝶はまやかしなのだろうか。
 他人に蝶が見えるかどうかは気にしたことがなかった。どうせ見えないだろうと思っていたから。
 そう思って、ずっと部屋に籠って過ごして、今日になって。
 きっと世の中は随分と動いてしまったことだろう。
 世の中がどうなろうがどうでもいい、自分がつらさから解放されさえすればそれでいいと思うのが俺だったはずなのだが、まあ随分と庶民的な思考も残っていたものだな。
 ちょうどよく部屋に置いてあったテレビをつけるとニュースがやっていた。
 今夜は■が■ます。
 ……なんだ? 所々途切れて聞き取れないな。
 ……が■、■率90%。……が……
 正面を向いているアナウンサーの目が、ふと。
 蝶を追った。
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