短編小説

 蝶が飛んでいる。蝶が飛んでいる。蝶が飛んでいる。
「蟹はどこだ」
 蝶が飛んでいる。蝶が飛んでいる。
「蟹はどこだ?」
 蝶が。
 雨の中。
 俺の思考を邪魔する蝶が、ひらひらひらひらと俺の周りを舞っている。
 もう随分前から。
 ひらひらひらひら、生きるのを邪魔する。
 ひらひらひらひら、死ぬのを邪魔する。
 ひらひらと、邪魔されて、頭を抱えてもその頭の中で舞っている。
 蝶から自由になるためには蟹を探せばいい、蟹を見つければ自由になれると信じ込んだのはいいけれど、探しても探しても見つからない。そんな折、蟹は探すと見つからないという情報を得て、また蝶が舞っている。
 ひらひら。
「蟹は……」
 蟹はいない。そもそもそんな存在は最初からいなかったのかもしれない。まやかしを信じて、人生捧げて馬鹿みたいだ。
 蝶だけがひらひらと飛んでいる。
 何も喋らない蝶。邪魔だけをする蝶。
 友達になれたらよかった、だが蝶は敵である。
 なぜ敵なのかはわからない、たぶん俺の邪魔をするからだ。
 大雨が降る日だけ蝶は消える。
 激しい雨音にかき消されるからだと推測しているが、実際はわからない。
 蝶をもっとよく知ろうとしていれば状況も違ってきたのかもしれない。
 そう思うのは優しすぎるだろうか。
 いずれにせよ、蝶自身のことについての思考を回しているときでさえ蝶は俺を邪魔する。ひらひらと。
 本来は綺麗なはずの蝶なのに、邪魔、邪魔、邪魔でしかない。
 メタリックカラーの蝶が飛んでいる。
 雨はまだ止まない。
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