短編小説

 ざんざかざんざかざんざかざん!
 ざんざか雨が降っている!
 どんどこ落ちるは気圧と気分! 眠気! だるさ! 頭痛! 吐き気! どんどこ落ちて止まらない!
 大学が休みになって暇を持て余した俺は暇を持て余したとまではいかず、ない体力と落ち込む精神のもと数日間家に籠もりっぱなしで寝込んでいる。
 ここまでダウンしていても友達のいない俺にお見舞いメッセージは来ないし、訪ねてくる人もない。
 ざんざか降る雨だけが時間の経過を感じさせ、いや感じさせない。だってこの雨数日前から変わらずざんざか降ってるんだもん。いつ起きてもざんざかざん。寝ててもざんざかざん。起きてんだか寝てんだかわからん。起きてても寝てても一緒。
 お腹空いたけど眠くて起き上がれない。あれこれ俺弱ってる? やばい? 飢えてお陀仏?
 そんなときまで思考はぐるぐる。弱ったら思考がふわふわになるってどこかで見たのにふわふわにならないじゃないか! あれは嘘だったのか!? いやこれたぶん俺がベッドの下に貯蓄してるエナジーゼリーちびちび飲んでるせいで栄養足りてて弱り切ってないから、だからぐるぐるなんじゃないのかそれとも俺のぐるぐるはふわふわにさえ負けてしまうのか!?
 ざんざかざん。雨の音に負けぬように思考を回せば、いや、負けないように回してるわけじゃない勝手に回ってしまうんだ。ざんざかざん。いつもなら雨にかき消されて布団に潜ったりイヤホンつけたりするんだけど寝過ぎたせいか妙にハイだ。今22時! 今日眠れる気がしない!
 眠れないときに何するかってそりゃ今時の学生なんだからSNS見るっしょ。SNSはいいぞ。どんな時間帯でも誰かしら人がいる。と言ってもさすがに朝の4時過ぎてくると減ってくるけど。
 いやそんな話がしたいんじゃないんだ。今の俺が何しなきゃいけないかというとね、たぶんご飯を食べないといけないんだと思うんだよ。なぜってめちゃくちゃお腹が鳴っているからね。ご飯を食べるためには風呂に入って着替える必要がある。だって何日も風呂に入ってないからね。今の俺はかなりヤバい。雨に降られて店とかに入ったりするともうね、地獄だよ。
 いやそんなことはどうでもいい。ハイだけど身体がだるい。起き上がれない。このままずるずるSNSを見続けて日付が変わって朝になってそれで昼頃に寝落ちるのか俺!?
 ぴんぽーん。
 誰だこんな時間に!? 起き上がる元気がない。無視しよう。
 ぴんぽーん。
 二度鳴らす!? 知り合いか!? 俺友達いなかったはずだけど!
 がちゃ。
 あれ!? そういえば鍵閉めてなかった!
「おい馬鹿お前また倒れてんのか馬鹿」
「あっ××。なんで来た」
「なんでじゃねえ! なんでお前いつもそうなの!?」
 ××は俺の……何だ? よくわからない。××って名前を呼びはしたけど、俺にそんな友人いたっけ?
「疲れてるのはわかるけど、飯は食え! っていうか今から食え!」
「そんなこと言われても俺エナジーゼリーしか持ってない」
「どん! これ!」
 ××はベッドサイドの机の上にコンビニのビニール袋を置いた。
「えっ」
「梅がゆ雑炊」
「いや俺梅がゆ雑炊好きだけどなんで」
「知らん。あったから買った。食え」
「えー」
「たべなさい。乳酸飲料もある」
「えっ俺乳酸飲料好きだけどなんで」
「知らん。あったから買った。早く食え」
「わかったよぉ……」
 こいつ押しが強いな。こんな奴だったっけ。いやこんな奴もどんな奴も俺はこいつを……知ってるような知らないような……たぶん知らない。でも知ってるような気がする。
 と考えながら梅がゆ雑炊を食べ、乳酸飲料を飲んだ。
「それでいいんだ」
「うまい」
「そうだろうそうだろう」
「うまい……」
 もぐもぐ。ごくごく。相変わらず雨はざんざか降るけどあまり耳に入ってこない。
「××……」
「何だ」
「おまえ、」
 誰だ? と聞こうとして、雷。
「ひぇ」
 縮こまる俺。
 微動だにしない××。
 ぐるぐるが止まっている。雨はざんざか降っている、雷も鳴っているが、静寂。
「元気か?」
 ××が口を開く。
「元気……」
「正直に言え」
「元気じゃないです!」
「正直でよろしい」
「ありがとう?」
「毎日疲れてるな?」
「疲れてる、なんでか知らんけど」
「仕方ない奴だ」
「えーとごめん?」
「やはり…がいないと駄目なのか」
「え?」
「いや」
「でも、お前が来てくれて助かったよ」
「助かった?」
「俺飢え死にしてたかもしれないし?」
「フン」
「で、お前は、だ」
 雷。大きい。近くに落ちた。
「びびびび」
「大丈夫だ」
「えっ優しい」
「優しくはない」
「なんで否定するの?」
「否定したら悪いか?」
「人から受けた褒め言葉は素直に受け取りましょうって教授が言ってた」
「俺の教授じゃ……いや、わかった」
「わかったんだ」
「ああ」
「なんか」
「何だ?」
 なんか。お前が誰でもどうでもよくなってきた。



 次の日起きても××はいたし、大学に行っても××は着いてきた。周囲の人間も、やあ××、とかよう××、とか挨拶してくる。俺にだけ見えるとかじゃないのか。
 ××は何かと俺の世話を焼き、俺は××のことを嫌いではないが好きでもなくしかし何だか親しみは持っているみたいなよくわからない状態で日常を過ごし、卒業式は中止になったが××は家でひな祭りパーティと称してちらし寿司を作る祭りをこじんまりとやり、こいつこういうキャラだっけ? と思って寝際に××が俺がいなくても生きていけるか? とか言ってきてあー消滅フラグね、ここまで長かったようで短かったなと思いながら
「心配すんなよ、俺は一人でも生きていける!」
 とビシッと言い切ったその日も雨が降っていて、
「そうか」
 と言った××はいつものごとく無表情で何を考えているのかわからなかった。
 次の日起きたら夕方で、人気のない部屋に、ああ、あいつちゃんと帰れたのかななんて思ってたら
 ぴんぽーん。
 誰だこんな時に。
 ぴんぽーん。
 しつこいな、友達か何かか? しかし、俺に友達なんて、
 がちゃ。
 あれ!? そういえば鍵閉めてなかった!
「お前やっぱりこんな時間まで寝てたのか」
「××」
「誰だと思ったんだ?」
「いや」
 それからしれっと俺の生活にまた馴染んだ××は相変わらず俺の親友ということで周囲から扱われていて、一緒の会社に就職し、一緒の部署、帰りに一緒に飲みにいったり、一緒に独立したり、共同経営者になったり、よくわからないが、
「なあ、お前、いつまで一緒にいてくれるんだ?」
「何だ」
「いつか帰っちゃうんだろ?」
「お前は」
「ん」
「お前は俺がいないと生きていけない」
「そんなことないよ~」
「正直に言え」
「お前がいないとたぶん潰れる……」
「正直でよろしい」
「ありがとう?」
「今、幸せか?」
「結構幸せ」
 ふ、と笑う××に、あ、これ消滅フラグだと思ったけど次の日起きても××はいたし、普通に日常が続いて、もう何なのか誰なのかほんとにわからないしこれからわかる気もしないけどでもまあ、なんか、好きだし、いいかと思って、
 作ってあった梅がゆ雑炊をぐるぐる混ぜたら何してるんだ早く食えと怒られたので食べた。
 おいしかった。
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